- 自身に拠って立つ『大いなる自己』へ -
これは単なる「哲学・思想」や「宗教」、延いては「スピリチュアル系」などと揶揄されるお話などではない。また、昨今の時代の傾向や潮流とも言える「一般的なマインド強化(あるいは、誤認された *注1 マインドフルネス)」を標榜する自己啓発などの類ともまったく根本的に異なる。
ご本尊に手を合わせることも、グルを崇めることも、雄弁に語る講師に媚びる必要も一切ない・・・。
時代性やトレンドと言った、変化に振り回されることのない『不変(普遍)の原理原則』を受動し、自身に拠って立つ『大いなる自己』へと能動的に変容(創造的進化)を遂げ、ついには『大道(自己超越による自己実現)』に至るための「実践(方法)についての指南(方向や進路を指し示すもの)」である ‼
本格的にこの道(『生得の力』を取り戻す実践/タオの『心身変容技法』)の実修方法や、そこから得られるエネルギーには、いくぶん圧倒されてしまうこともあるかもしれない。人によっては時として、人生観を変えてしまうような大きなきっかけと成り得るだろう。
ただし、自己を見失うことは決してない。如何に自らの「生命力」と再会し戯れるか、全ての『生得の力』を統合し、成長を促す軸というものが、元々自身の内に存在していたことに『大いに気づく』だけのことである ‼
そして何より、まずは人類が生み出してきた太古の時代から現代に至る『叡智と進化(変容へのアプローチ)の物語』すべてが内包する、それぞれの「価値と限界」、「真実と盲点」を尊重しつつ、健全なる態度によって吟味することは少なくとも無意味なことではない。
盲目的に自己の趣向で唯一と思えるものに囚われるよりも有意義である ‼
しかしながら、物事を鋭い輪郭でとらえることよりも、一旦自分の観念や先入観を無にすることは実に難しい行為であり、時に新しいことを受け入れることよりも、古いものを忘れることは、なお難しいことでもある。
老 子 陽 明
*注1 マインドフルネス:
英語の『マインドフルネス(Mindfulness)』 という用語は、1900年にイギリスのリース・デービッスがパーリ語の仏教用語『サンマ・サティ(日本語では正念、正しいマインドフルネス)』の「サティ(日本語では念や気づき)」を英訳してから使われるようになり、仏教徒も英語ではマインドフルネスという言葉を使う。仏教の実践において『正念(しょうねん)』とは、八正道(はっしょうどう)の一つとして重視され、正しい念は、三十七道品のなかの四念住(しねんじゅう)などにおける念とあるように、基本概念の一つである。
現代的な西洋の実践としての『マインドフルネス(Mindfulness)』とは、「今ここでの経験に、評価や判断を加えることなく、能動的に注意を向けること(Kabat-Zinn, 1990)」を意味する心理状態である。語義として「今この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに捕らわれのない状態で、ただ観ること」といった説明がなされることもある。マインドフルネスが意味する特別な注意の向け方は、「瞑想法を中心とした訓練」によって向上されることが知られているのは、仏教の実践における『正念(しょうねん)』が対象に執着あるいは嫌悪などの価値判断を加えることなく、中立的な立場で注意を払うことを意味し、念を深めると心が固定され、何事にも惑わされない定(じょう)の状態に至るとされる「仏教における瞑想の基礎的な技術の一つ」であることに由来している。
つまり、マインドフルネスの実践は、主に東洋の、特に仏教の伝統における教えから発想を得ており、 『マインドフルネス(Mindfulness)』という用語(言説)や活動(技法)については、とりわけ新しい考え方ではなく、東洋では瞑想の形態での実践が2500年あり、仏教的な瞑想に由来する。
現在のマインドフルネスには大きく2つの潮流に分けられ、ひとつは、達成すべき特定の目標を持たずに実践される「仏教本来のマインドフルネス」に対し、ここから派生して生まれた「 医療行為としてのマインドフルネス」は、特定の達成すべき目標をもって行われる。医療としてのマインドフルネスもまた、アメリカにおける仏教の展開を背景に成立し、その『医療行為としてのマインドフルネスの実践(治療プログラム)』は、現在多様なものとなっている。医療行為としてのマインドフルネスのベースには、1979年にマサチューセッツ大学医学部の分子生物学者「ジョン・カバット・ジン」が、心理学の注意の焦点化理論と組み合わせ、臨床的な技法として開発・体系化した『マインドフルネスストレス低減法(mindfulness-basedstressreduction:MBSR)』および『マインドフルネス認知療法(mindfulness-basedcognitivetherapy:MBCT)』という確立された手法がある。
1970年代初頭、ジョン・カバット・ジンはマサチューセッツ工科大学(MIT)にて分子生物学の博士号を取得したが、禅の師による瞑想についての講義に参加して感動し、その日に瞑想をはじめた。カバット・ジンが2012年に日本に訪れた際、精神科医の貝谷久宣がカバット・ジン本人に確認したところによると、「この新しい精神療法の基本理念は道元禅師の曹洞宗である」とはっきりと言っている。
現段階において、『マインドフルネス』は心理的適応のための一方略として重要な意味を持つと思われる。そのため、「マインドフルネスを高める要因を明らかにすることは、臨床心理学や健康心理学の観点から重要な課題」となっている。
- 目 次 -
『老子』その人その書にまつわる謎
『老子』その人その書は、20世紀初めの「*1 疑古」の学術思潮の中で時代文化によって誤読され、広範囲で激烈な学術論戦を引き起こした。
*1 疑古:
疑古(ぎこ)とは、古代中国史の歴史記述をめぐる、歴史学・文献学・考古学の立場(歴史観・方法論・歴史学研究法)の一つ。疑古主義ともいう。尚、「疑古」を否定する立場、つまり古史を信じる立場も数多く提唱されてきた。そのような立場は「信古」(信古派)または「釈古」(釈古派)と呼ばれる。信古(釈古)の立場をとる学者は、中国考古学の成果を根拠とする。つまり例えば、先秦の遺跡の発掘調査の成果や、それによって得られた出土文字資料(甲骨文・金文・簡牘・帛書)の解読成果、または年代測定や天文考古学による歴史書の検証成果などを根拠とする。
「信古」と「釈古」の違いとしては、「釈古」の方がより優れた立場、すなわち「疑古」と「信古」を止揚する(どちらにも囚われずに調停する)第三の立場、つまり史料批判をしつつ古史を好意的に解釈する立場、という意味で「釈古」と呼ばれる。そのような「信古」と「釈古」の呼び分けは、1930年代の馮友蘭によって提唱された。あるいは後述の王国維が1920年代の時点で既にそのような立場をとっていた。
この論戦は二つに分けることができる・・・。
一つのテーマは、老子という人物が実在したか否か、そしてその人は一体いつ生きていたのか(いつ頃の人なのか)ということである。そしてそのあとに『老子』一書の作者が老子の著したものであるかどうかというテーマがくる。
そうした「学術界の一大難問(懸案)」は、この200年近く中国学術史上に議論百出の論争を引き起こしているが、これも名著の逃れることのできない宿命であろう・・・。
特に「司馬遷」は、老子のために伝記を書いた最初の人間であり、司馬遷の見方を我々は軽視することはできない。漢代は老子からすでに相当の時間的隔たりがあるため、司馬遷は老子の伝記を作るとき、慎重に資料に基づいて記述した。
彼は『史記・老子韓非子伝』で次のように述べている・・・。
「老子は楚の苦県(河南省)の厲郷、曲仁里の人である。姓は李(り)氏、名は耳(じ)、字(あざな)は聃(たん/一説に伯陽)といい、周王室の書庫の記録官であった。老子は道徳(虚静無為の道)を修めたが、その学問は、自らの才能を隠し、いわゆる名声などをあげないことを旨とした。久しい間周にいたが、周が衰えたのを見て取りついに立ち去った。関(函谷関とも散関ともいう)に至ったとき、関守の尹喜が言った。“先生はいま隠遁しようとしておられます。どうか、まげて、私のために書物を残してください”そこで、老子は上下二篇の書を記述し、道徳の意について五千余字の文章を残して立ち去った。その後、老子がその生涯をどこでどのようにして終わったかを知るものはない。ある人は、“老棲子もまた楚の人である。著書が十五篇あって、道家の功用についてのべている。孔子と同時代の人だということだ”という。老子は百六十余歳まで生きたといわれ、あるいは二百余歳まで生きたといわれる。道を修めて寿を養ったからであろう。孔子の死後百二十九年たっての史官の記録に、“周の太史の捶が秦の献公にまみえて、‘はじめ、秦は周と合して一つでありましたが、合してから五百年で離れ、離れてから七十年で覇王となるものが出現いたしましょう’と言った”とある。ある人は、“捶がすなわち老子だ”といい、またある人は、“そうではない”というが、世間ではそのどちらが本当なのかを知るものがない。老子は隠君子である。」
司馬遷はここで三人の「老子」をあげている・・・。
第一は名を李耳、字を聃とする老子、第二は老棲子、第三は太史捶である。司馬遷の文章は後の二人について「ある人曰く」の語を用いており、念のために一言ふれただけであることははっきりしている。特に太史捶については、「ある人は、“捶がすなわち老子だ”といい、またある人は、“そうではない”というが、世間ではそのどちらが本当なのかを知るものがない。」とする。
ただし彼は基本的に、完全ではないけれども「老子は楚の苦県(河南省)の厲郷、曲仁里の人である。」という説、つまり名前は李耳、字は聃の老子説に傾いている。
司馬遷が完全に断定する言い方をしなかったために、老子とは一体どのような人間なのかという問題に関して疑問を抱く人々が代々あらわれ、長期にわたる論争が生じることになり、ここでは、論争についての具体的な内容はあげないが、2010年代に至ってもなお、「疑古」と「信古(釈古)」の対立は決着がついておらず、むしろ複雑化し、学者ごとに様々な見解がある。
中でも、戦国もしくは秦漢に成立したという説は、今のところ論拠がまだ十分ではない・・・。
そもそも『老子』という書物は、一人の手によって体系的に著述されたものではないという認識は、『老子』を研究する上で一般的になっている。
日本の研究者らも、武内義雄氏は「五千言中種々の矛盾があるのはそれが一家言でなく諸家の言をあつめてなった証据である。」とし、津田左右吉氏は「最初の原本が既に一人の作では無く、ほぼ類似した思想を持っていた幾人かの学者の言があつめられたものではあるまいか。」とし、木村英一氏もまた「道徳経は、その構造から言へば、多くの断片的な俚諺・格言・名言等の集積に外ならないのであるから、それを構成要素に還元してしまへば、その様な人生の智慧を語った発言者不明の多数の断片的な言葉の陳列に過ぎず、それ以上のものでも以下のものでもない。」とする。
確かに『老子』を読み込めば一見、「春秋戦国期の道家的傾向をもつ種々の金言を意図的に集めて成ったものだ」と、その内容上から考えられる節はある。そのため「道」或いは『老子』の思想の根源となるべきものについても統一されていない感があり、時に相矛盾するような内容となっていて、解釈し難い部分が多々見られる・・・。
しかしながら、『老子』の思想内容の一貫性と体系化、及びことばの緊密さから、老子の門人によって編纂されたものではなく、春秋時代の老子の大きな構想と深い思索が盛り込まれた個人の著作であると考えられる。
1973年12月、馬王堆3号の漢代の墓から帛書『老子』の二種類の抄本が発見された。世に言う甲本と乙本である。
甲本の字体は篆書と隷書の中間ぐらいであり、漢の高祖劉邦の「邦」という忌み名の字を避けていないので、書写された年代は漢の高祖の治世よりも前であろう。
一方、乙本の字体は隷書すなわち今体であり、「邦」の忌み名を避けているが、「盈」(恵帝)と「恒」(文帝)の字は使っているので、書写された年代は高祖の時代であったことがわかり、甲本とそう遠く離れてはいないようである・・・。
甲本と乙本は今より2000年以上前のものであり、当時目にすることのできる最も古い『老子』の抄本であった。そして『老子』帛書の発見により、『老子』が決して漢代の作などではなく、少なくとも秦代より前にすでに流布していたことが証明されたのである。
● 馬王堆帛書(ばおうたいはくしょ)/『老子』甲本・乙本(帛書本):帛書本『老子』は、いずれの本も道經・徳經が今と逆転しているのが特徴で、『韓非子』の解老・喩老の両篇に引かれる『老子』の章句の順序がやはり道・徳逆転していることから、これが『老子』の古い体裁であるとして注目された。また、今本(通行本)が五千語に対し、帛書本『老子』は五千六百語と文字数としては近い。
それから20年後の1993年、湖北荊門郭店の戦国時代楚国の墓から大量の竹簡が出土したが、そのなかの竹簡『老子』(郭店節抄本)は2300年以上前のものであり、一番最初の祖本ではないものの現存最古の抄本である・・・。
通行本とは異なることばや思想がたくさん見受けられ、学界が真剣に比較と研究に取り組むに値するものであるが、それだけでなく『老子』の成立年代を帛書『老子』よりも100年以上引き上げ、『老子』の成書「晩出説」をひっくりかえして『老子』の時代はすくなくとも戦国時代中期あるいはそれよりさらに早いものであることを証明した。
● 郭店楚簡(かくてんそかん)/『老子』甲、乙、丙三篇(郭店本):郭店楚簡本『老子』は、簡の体裁などから三種類に区別されていて、甲本は都合39枚で一簡の長さが32.3cm、乙本は全18枚で一簡の長さは30.6cm、丙本は全14枚で一簡の長さが26.5cmとなっている。このうち丙本は同時に出土した『太一生水』と名付けられた「古佚書」と全く同じ体裁を持っており、文献学上注意が必要である。古佚書(こいつしょ)とは、先秦から南北朝期に作られた書物の内、既に亡佚して現存しない書物(「古佚書」という)、もしくは一部ないし大半が欠損した状態で現存している書物の佚文(別の古い書物の中で引用されている文のこと)。郭店楚簡本『老子』最大の特徴は、章の順序や区切り方が今の『老子』と全く異なっていることであるが、特筆すべきは、今本(通行本)『老子』に見られる「一」が、「道」を言い換えた鍵概念として極めて重要な思想的意味を担っていることは言うまでもないが、不思議なことに郭店楚簡本『老子』には見当たらない。また、今本(通行本)が五千語に対し、郭店楚簡本は二千語という文字数の差はもっと注目されてよいであろう。
よって、『史記』と先人の考証により、老子が春秋末期の人であり、彼が上下篇五千言の『老子』の著作権を有していることは基本的に認めて差し支えないと思われる。もちろん、この見方は、学術活動の成果を通じて検証を加えつづける必要がある。
一方で、広範囲にわたる「書証(すなわち文献)」と「物証(すなわち出土文物)」の裏付けを得ることが望ましく、「証拠が無ければ人を納得させられない、根拠のあることを言う、単独の証拠では十分に論を立てられない」という原則を堅持し、歴史の本来の面目により近い理にかなった証拠を得、そこから真実に基づいて復元していかなければならない。
もう一方でよいものを選び出し、先学の研究を踏まえて、相対的に整合性のある結論を導き出していかなければならない。
以上により、『老子』は「老聃(ろうたん)」の個人の著作であり、それは対話体ではなく哲学詩もしくは詩的な哲学であり、その伝承の過程で後世の人間によって手を加えられてはいるが、基本的には「春秋時代の老聃の思想」を反映したものであると言えよう・・・。
『老子』の呈示した『巨大な哲学思想』
老子は「本体論(存在論)」の斬新な論拠を呈示した。つまり『世界の根源についての命題』を呈示した・・・。
『老子』の思想の根本概念は、一切万物を生成消滅させながらそれ自身は生滅を超えた「超感覚的な実在」ないしは「宇宙天地の理法」としての『道(TAO/タオ)』である。
「道」は老子の中心概念(最高の範疇)であり、老子の哲学思想は「道」から完全無欠な智慧の哲学大系をたち上げている ‼
先秦哲学では「人生論と政治論」についてだけ語っているものがほとんどであるのに対し、老子の哲学は「宇宙論・本体論」からはじまり、そこから「人生論・政治論」、及び「言語論」にまで議論を展開していると一般的には言われるが、そこから老子の哲学によって「人類の生存と社会の問題」についても考察し、こうした思考を「全宇宙の時空」にまで拡大発展させていくことも可能である・・・。
それゆえ老子の『道(TAO/タオ)』は、その「宇宙論と本体論」が拠って立つところの『根本』であるばかりでなく、その「認識論と弁証論」とが展開できる『基礎』でもあり、そしてその「人生論と政治論」や「言語論と審美論(美学思想)」の重要な『理論的支柱』でもある。
その『道(TAO/タオ)』の在り方を示すのが『無為自然』であり、それを体得した人物を『聖人』とした・・・。
しかし、老子は形而上的な「道」を説く一方で、現実世界で真の成功者となるにはどうすべきかという現実的観点から、「聖人の処世」、「政治の具体相」をくり返し説き、他と争わない「濡弱(じゆじやく)謙下」、外界にあるがままに順応してゆく「因循主義の処世」や、人為的な制度によらず人民に支配を意識させない「無為無事の政治」などを強調する。
ところが、実際の『老子』には、乱世をいかに生き抜くかの『権謀術数の書』という一面も、かなり色濃く存在している ‼
この『現実的成功主義』こそ、老子の思想の本来的核心であったが、魏・晋以後は玄学の流行にともなってその形而上的側面が強調深化されるようになった・・・。
その一方、『老子』の思想は他を支配することよりおのれの保身を第一とし、「しいたげられた者の生活の知恵」を根底にもっていた。
いわば『弱者の処世術』である・・・。
現実社会に対する「批判と抵抗」、「超越(逃避)の精神」、その結果としての内面的世界の凝視と精神世界における「絶体的自由の確立」、個が個としての本来的価値を回復しそれぞれの立場に安住することを理想とする「徹底した個人主義」、世俗的常識的価値観を根底から覆えす「価値の転換」、「言語文字の軽視と体験の重視」などは、いずれも社会の底辺にありながら覚めた眼でおのれと社会とを凝視するものの立場を反映したものといえるだろう。
しかしながら、「道」が『老子』において、その思想の根幹であるとする指摘は枚挙にいとまがない・・・。
『老子』の説く「道」は、意志をもった人格としての「神」もしくは「上帝」ではなく、「道」の精髄(本性)は『無為自然』にこそある。「道」は万物に君臨し万物を治めるのではなく、「何もしないことによってこそ、すべてのことがなされる」のであり、天下万物が生み出され形づくられて以後の、「万物自身の運動・変化も同じように宇宙生成・化育の重要な一側面」でもある。
つまり『道』は抽象的な絶対であり、一切の存在の根源であり、自然界中の最初の原動力であり、創造力である ‼
『道』は「宇宙の根源で、万物を生成する存在」である。また『道』は「宇宙万物の法則・原理」である。さらに『道』の作用は「無為」であり、その存在自体は『限定不能で、五感では感知できないもの』とされている。
一方で「道」は現実社会におけるはたらきも見られる・・・。
『老子』の説く「道」は、本来相対的価値を否定し、おぼろげであり微妙である存在で、かつ万物の主宰者とはならないと説かれているにも拘わらず、一方では『老子』の「道」が他学派に対して優越性を持ち、規範として明確化され、万物に絶対的従順を求めるものという、『自己矛盾を抱える存在』となっている。
そうした『老子』は中国の学術史上、議論が百出した一個の『文化哲学現象』であると言える・・・。
まず、老子自身が相反する議論を内に抱え込んでいる問題にほかならず、二重性をそなえた矛盾体である。一方で、老子は「礼」の専門家であり、孔子もかつて彼に「礼」について質問したことがあるが、晩年になると老子は「礼」に手厳しい批判を加えている。
ところが、『老子』の中では意外なことに慈、倹、孝、祭祀など「礼」に関する問題について大いに論じている・・・。
老子は「道」の本源性と宇宙の生成性を強調するが、それはことばにはできないものと考え、「道」を神秘化、虚無化するように覆い隠したため、ことばと「道」の関係に矛盾が生じることになったのである。
老子は隠者として、また「不言」、「貴言」、「希言」の唱導者として、彼は著述をせず、弟子もとらなかったが、関所を出るときにだけ堂々たる五千字の「思者自道」を残した。この発憤の書は彼が唱導するところの『清静無為の境地』とは確かに矛盾している。
彼の書を「陰謀家の治世の術」で「君主南面の術」などと言うものもいるが、彼は『老子』の中ではっきりと専制独裁統治に反対し、戦争に反対し、一切の社会の不平等に反対している。
こうした諸矛盾が老子の神秘的な表情と『老子』という書の神秘的色彩を生み出しているのである ‼
根本に立ち返り、無知、棄智を主張する老子のやり方は、多くの学者から批判を浴びる。また彼の、心を静めてなにもなさず、柔らかく弱々しく他意を迎えあえて逆らわないという考え方も、進取の気性が乏しく退嬰的とみなされ、「小国の寡民」に至っては、原始社会に後退する『消極的思想』と受けとめられた・・・。
これらはいずれもみな批判もしくは検討に値する点があるかもしれないが、たとえどうであるにせよ、老子の中国哲学思想史への貢献は非常に大きいものであり、彼は「道」を通じて神や上帝といった『有神論の哲学源流』に反対し、同時に中国哲学史上に哲学の概念、つまり『パラダイムと体系』をうち立てた。
特に重要なのは、中国の哲学の中に含まれる「本体の概念の提示」とその「規範となる模式の構築」は、いずれも『老子』と関わりがある ‼
老子のこの「哲学詩」もしくは「詩的哲学」は中国哲学の思惟と詩学の風格すべてに影響を及ぼしてきたことであり、老子の貢献を拭い消し去ることはできないであろう。老子の智慧、思想は、伝統文化に多大な影響を与えただけでなく、『中国人の文化心理構造』にも重要な作用を及ぼしている。
また、儒家と道家は互いに調和している剛と柔であるというその考え方は、中国の文人の心理構造を制約し、中国伝統文化の発展と完全性を規定しつつ導いてきた。彼の思想は哲学、政治学、社会学、詩学などの分野に影響しただけでなく、教育、政治、法律、経済、論理学、心理学や宗教などの領域においても看過できない影響を及ぼしている。
老子は道家学派の創始者として漢代以後、次第にに神格化され宗教化されて道教の教主となり、「太上老君」とよばれるようになる。ただ彼の思想は道教と関連性があるとはいえ、両者の間には本質的な違いが存在する。また老子の思想は後世の道家の諸派に大きな影響を与えた。
先秦から明清まで老子の影響を被った道家の学派はたくさんある・・・。
たとえば、「荘子」を代表とする逍遙派、「呂氏春秋」に代表される養生思想を中心に据えた養生派、「玄の又玄」を強調する漢代の揚雄に代表される玄学派、「漢代の劉徳」を代表とする知足派、「魏晋の王弼、何晏」を代表とする貴無派、そして「道は隠れて名無し」という宗旨の影響下にある隠逸派などがある。
二千数百年来、老子とその書、その思想は儒家思想とともに中国思想の枢軸を構成していたと言えるであろう ‼
老子の思想は中国人の思惟に重大な影響を与えただけでなく、日本や西洋にも軽視できない大きな影響を及ぼしていた。隋代には早くも日本に『老子』が伝わり、平安初期には『老子』に注を加えた書籍、たとえば河上公、王弼、梁武帝、唐玄宗、成玄英など人々の注釈書が大量に将来されている。江戸時代になると、日本でも独自の老子学派が形成されている。20世紀の日本人研究者も老子には熱烈なる関心を示し、数多くの翻訳が出版されたのみならず、研究書も八十余点上梓されている。
西洋では19世紀から20世紀末までに八十数種の『老子』の翻訳本が出ている・・・。
1823年にはフランス語の抄訳本が出、1842年には『老子』の完訳本が出版された。1872年の前後にはドイツ語訳本と英語訳本が刊行されている。1893年、ロシアのレフ・トルストイはドイツ語訳から『老子』を重訳している。
第一次大戦後、ドイツでは「老子ブーム」がおこり、80年代初頭までにドイツで出版された『老子』の訳書は十余点を数える。特に著名な哲学者「マルティン・ハイデッガー」は晩年、黒森に住んでいたが、彼の机の上にはこの『老子』が置かれていた。彼の晩年の思想、とりわけ「道」に関するもの、言語に関するものなどは老子の神秘的な東洋思想との間に無視することのできないつながりがある。また、ロシアの学者の「老子学」の研究も高いレベルに到達している。
この数十年来、アメリカの学者は非常に「老子学」の研究を重要視している。比較的重要な翻訳と著述に、林語堂編訳の『老子の智慧』 、ブレイクニー編訳『生活の道』 、陳栄捷著『老子の道-道徳経』 、R.G.ヘンリックス訳『老子「徳道経」』 、A.シャア編『道-東洋と西洋とにおける受容』、M.ラファーグ著『道と方法』などがある。
総じて言えば、老子の思想は中国思想の重要な構成要素であるだけでなく、すでに世界的意義を有する重要な思想となっているばかりか、老子の思想は現在の全地球的規模な消費主義化、デジタル化の流れの中で、重要な警世の意義を有しており、生態のバランス、生存競争、享楽主義、拝金主義、快楽の追求といった思潮の前において、『老子は疑いもなく警世の鐘』であり、「知の思索から生命の道、文化と社会の道、そして宇宙の道」を見るよう人々に語りかけてくる。
本来の真性をまもり、物欲に煩わされない老子の思想、智慧は、時代の変遷によって消えてなくなることはありえない ‼
『道(TAO/タオ)』と相通じている彼の思想、そして大いなる智慧のことばは新時代、新世紀においても人類の生存に全く新たな啓発と影響を与えることであろう・・・。
『道家』と『道教』
老子の思想を根本とする『道家』や『道教』を広くは「タオイズム」と呼ぶが、タオイズムそのものには、さまざまな観念技術も思想要素も多様になっている。そこには神仙道もあれば、導引術のような呼吸医術もあり、呪術(方術・道術)もある。王羲之や竹林の七賢のような清談(せいだん)の趣向もまじっている。
ここに、「陰陽タオイズム」と「神仙タオイズム」という分け方ができる・・・。
そういうタオイズムが、やがて五斗米道や全真教のような過激な成団道教の運動にもなっていった。そこには老子の『無為自然の思想』から逸脱したものも少なくない。しかし、どんなに逸脱しても、道家・道教は老子を忘れない。しばしば「黄老」と尊称して、黄帝と老子を同一視した。
それはすべての仏教が「ブッダを忘れない」というような意味になっているかというと、また儒教が「孔子を忘れない」ようになっているかというと、そうではない。
つまり、老子は『*2 ロゴス』の中心にはいない。そこが老子の不思議なのである・・・。
*2 ロゴス:
ロゴス(logos)とは、古典ギリシャ語に起源を持つ言葉で、「言葉」「論理」「真理」等を意味する。転じて「論理的に語られたもの」「語りうるもの」または「言葉(言詮)を通じて表される恒常的真理もしくはそれに付随する言詮内容」という意味で用いられることもある。また「宗教(ミュトス)的位相」であるキリスト教では、神のことば、世界を構成するミュトスに基づく論理としてのイエス・キリストを意味する。
最初期に『ロゴス』を世界原理とした古代ギリシャの哲学者「ヘラクレイトス(紀元前540年頃 – 紀元前480年頃)」は、世界の本性である「アルケー(万物の始源、また宇宙の根源的原理。ただし、原子の意味ではない)」は、火また戦(戦争)にあると説いた。つまり、変化と闘争を万物の根源とし、火をその象徴としたのである。燃焼は絶えざる変化であるが、常に一定量の油が消費され、一定の明るさを保ち、一定量の煤がたまるなど、変化と保存が同時進行する姿を示している。そしてこの火が万物のアルケーであり、水や他の物質は火から生ずると述べた。また、「万物は一である」とも「一から万物が生まれる」とも述べ、哲学史上初めて、「根源的な一者」と「多くの表面的なもの」との関連を打ち出した人物である。
そのような絶えず流動する世界を根幹でつなぐのが『ロゴス』であるとされ、「パンタレイ(万物流転)」のあいだに存する、調和・統一ある理性法則(ロゴスはここでは、世界を構成する言葉、論理)として把握された。つまり、万物は流転していると考え、自然界は絶えず変化していると考えた。しかし一方で、その背後に変化しないもの、『ロゴス(logos)』を見ている。
『ロゴス』が哲学用語として注目されるのは、ヘレニズム期のストア哲学である。ストア派において、『ロゴス』は根幹となる概念であり、世界を定める「理」を意味する。ストア派の『ロゴス』は「ピュシス(ありのままの自然の本性)」や「テュケー(運命)」とも表現され、神とも同一視される。また人間は、世界の一部であり「人間の自然本性(人間が普遍的に持つ思考、感覚、行動などを指す概念である。心理学では特に進化心理学と発達心理学が人間の本性を明らかにしようと科学的な取り組みを行っている)」として『ロゴス』を持って生まれているとされる。こうした「人間の自然本性」としての『ロゴス』はダイモーンやヌースとも呼ばれ、これに従った生き方が賢者の生き方であるとされる。
従来、「道家」と「道教」とは相互関連しているとの認識であるものの、異なる概念であり、両者は同じものではないと考えられてきた・・・。
「道家」と「道教」の根本思想である『老子』は、前述の “『老子』その人その書にまつわる謎 ” において記述したように、その思想を記した『老子道徳経』の成立時期もさまざまな説があるものの、老子の思想は、後の世の『荘子』『列子』『管子』『文子』『呂氏春秋』『韓非子』『荀子』『淮南子』に多大なる影響を与え、乱世をいかに生き抜くかの『権謀術数の書』という一面も、かなり色濃く存在していることから、『*3 鬼谷子』や『孫子』などにも影響を与えたと考えられる。
*3 鬼谷子:
鬼谷子(きこくし)とは、諸子百家の一つで、中国の戦国時代に鬼谷(鬼谷子)によって書かれたとされる書。遊説の方法について書かれている。鬼谷は陳(楚の地)の人であるが、斉の稷下の学士であったかどうかは不明であり、専門といえば国際外交のような謀略である。学問というよりは、術のようなものに属していた。道教では鬼谷子を「古の真仙」とみなし、人間界で100歳あまり生き、その後は分からないとしている。本の『鬼谷子』は道教の経典『道蔵』に保存されている。民間の伝説では鬼谷子は占い師の開祖であり、道教では鬼谷子を玄都仙長と尊称する。『孫龐演義』という通俗小説では、孫臏と龐涓の師としている。
『老子道徳経』は「荘子学派(『荘子』外篇・雑篇)」や、「道家(『淮南子』など)」に影響を与え、老子と荘子の思想は「老荘思想」として統合されることになり、後に「道教」となった。ただ、「道教」の教えに近い『荘子』と、宗教的な内容が乏しい『老子』は内容にかなりの違いが有るため、果たして同一視してよいかどうかは異論が有る・・・。
戦国時代後期には、『老子』の「道」「徳」「柔」「無為」といった思想は知られていたとされ、「道」を世界万物の根源と定める思想もこの頃に発生し、老子の思想と同じ『道家』という学派で解釈されるようになった。
諸子百家の『道家』とは、先秦の黄老学派を代表する老荘思想を含む学術的な流派の一つであり、宇宙の起源や万物の生成、社会の興亡や人の善悪などを議論し、独自の学説を立てていた。
『道家の思想』は、「道」を究極の境地とし、「清浄な無為」の原則に基づく身体の修行だけではなく、国を治める方法としても使われ、「道法自然」の概念を通して、人と内外天地の間との関係にも対応した。「道」「天」「無」「無為自然」「養生」などの思想や、儒家批判を特徴とする道家の思想は、特に魏晋南北朝時代の清談・玄学で取りあげられ、道教・禅仏教・神仙思想とも関わりが深く、日本でも古くから受容された・・・。
漢代に入ると、『老子道徳経』の思想は、古代の帝王である黄帝が説く無為の政治と結びつきを強め、道家と法家を交えた「黄老思想(黄帝と老子を神仙として崇拝する思想)」が成立した。
前漢の建国の際には、彼らの「清浄無為の思想」を用いて指導がなされ、後漢になると黄老思想は徐々に神秘化され、宗教的な面が現れるようになった。その過程で、老荘思想的な原理考究の面が廃れ、黄帝に付随していた神仙的性質が強まり、老子もまた不老不死の仙人と考えられ、信仰の対象になったのである・・・。
『道教』とは、中国三大宗教(三教:儒教・仏教・道教の三つ)の一つであり、ほかに「道家の教・道門・道宗・老子の教・老子の学・老教・玄門」などとも呼ばれる。
老子の思想を根本とし、その上に不老長生を求める神仙術や、符籙(おふだを用いた呪術)・斎醮(亡魂の救済と災厄の除去)、仏教の影響を受けて作られた経典・儀礼など、時代の経過とともに様々な要素が積み重なった宗教とされ、「道」を教化したり修行したりすることで「仙人になり道を得る」ことを目的とした。
典型的な多神教であり、なにをもって道教の成立とみなすかについては諸説あり、道教による伝説的な説としては、道教は老子によって作られたとする説や、宇宙の創成者である元始天尊によって作られて老子に継承されたとする説、黄帝が開祖で、老子がその教義を述べ、後漢の張陵が教祖となって教団が創設されたとする説などがある。
「道教」は中国古来の宗教的な諸観念をもとに長い期間を経て醸成されたもので、一人の教祖が始めたものとはいえない。つまり、老子が道教の教祖であるとはいえないが、『老子』に説かれる「道」の概念が道教思想の根本であることは確かである・・・。
ほかにも、『墨子』の鬼神信仰や、『儒教』の倫理思想・陰陽五行思想・讖緯思想・黄老道(黄帝・老子を神仙とみなし崇拝する思想)なども道教を構成する要素として挙げられ、金属の精錬技術や医学理論との関係も深い。
「道教」はその長い歴史の中で、悪魔祓いや治病息災・占い・姓名判断・風水などと結びついて社会の下層に浸透し、農民蜂起を引き起こすこともあった一方、社会の上層にも浸透し、道士が皇帝個人の不老長生の欲求に奉仕したり、皇帝が道教の力を借りて支配を強めることもあった。
また、隠遁生活を送った知識人の精神の拠りどころとなる場合も多く、こうした醸成された道教とその文化は現代にまで引き継がれ、さまざまな民間風俗を形成している。
道教は宗教としての経典、教義、制度、儀式を加え、各教派と道観は歴史とともに発展し、このような具体的な宗教の伝承は、初期の黄老学派や方士思想とは明らかに異なってはいるが、「道家」は「道教」の信仰理論のみなもとであるため、両者を分けるわけにはいかない。
また、「四庫全書」の主編である紀曉嵐は、道家を「綜羅百代,廣博精微(あらゆる時代を網羅し、広範かつ精微なもの)」と称したが、この特徴は、道教の1800年にわたる発展過程にも反映されており、先秦の老荘典籍を取り込むことから、長期にわたる宗教活動を経て、その間に漢代以降の方術、数術、讖緯、そして仏典までに取り込まられ、教義、戒律、内外修行、齋醮科儀などに関する多種多様な経典を生みだした・・・。
隋唐から北宋時期にかけて、皇室や貴族による道教への崇敬から、道教信仰は盛んになり、社会的な影響も大きくなり、『道教』の義理思想・練気養生・符籙呪法・科儀規章などが完備されていった。
晩唐から北宋以降、主に内丹修行を中心とした金丹道派が堀起し、南宋や金元時代には、北方には全真道・太一道・真大道など新しい道派が現れ、南方には神霄道・清微道・淨明道なども現れた。
明代では、多くの皇帝(永楽帝と嘉靖帝など)が道教と密接な関係を持っていた。清代に入ると、皇室の信仰は主に仏教に向けられ、道教の発展は段々衰えていった・・・。
『養生説』などにおいて道教が道家の思想の影響を受けていることは確かであるが、従来の日本の学界では両者は区別されて考えられるのが一般的であった。ただし、欧米圏では中国における道家思想・道教・民間信仰などは同一視される傾向が強く、道教の源泉は道家思想に求めることが多いことから、近年は、道家・道教の区別はさほど強調されないことが多い。
『老荘思想』と『無為自然』
そもそも、「無為」と「自然」は共に『老子』にみられる語であり、老子はことさらに知や欲をはたらかせず、自然に生きることをよしとした。また、「自然」という言葉は、もともと中国に由来するものであるが、中国で自然という語が最初に現れてくるのは『老子』においてである・・・。
特に『無為自然』という語は、老子思想の精髄をなすものであり、「老荘思想」を論ずる人々が常に口にするところであるが、現代においても世間一般によく使われているその意味内容は必ずしも明瞭に把握されていないように思われる。
事実、『老子』にも『荘子』にも、「無為自然」の四字が連用されたところは一ケ所もなく、「無為」と「自然」は別々に使用されている。『老子』における使用例を挙げると「無為」が十章十二ヶ所、「自然」が五章五ヶ所に出ているが、いずれも離ればなれになっているのである。
いずれにせよ、この語は意図せずに、意識的でなく、と言うような意味であるが、老荘思想では『無為自然』を重視し、それに対立するものとして人為的なものを否定する。
そこから現在の意味の「自然」を尊いものと見る観点が生まれたと考えられ、彼らは往々にして山間や森林に隠れ住み、また山や川を愛でた。いわゆる水墨画、山水画などもこの流れにある・・・。
因みに『老子』全81章中、37章が「道」について言及しており、あわせて79回出てくる。使用頻度の最も高いキーワードである。「徳」も全部で16章の中に47回登場する。「道」について言及している章は「道経(上篇)」に限らず全編にわたっており、この傾向は「徳経(下篇)」の出現でも同様である。
その「道」は現実世界や人間の生き方において具象化したときは「徳」とよばれ、「徳」は「道」の外にあらわれたはたらきにほかならない。「道」と「徳」は老子の論述の核心となる範疇であり、それゆえ後世、これを以て書名『老子・道徳経』としている・・・。
昔の日本においてはそもそも、自然は「じねん」と読み、親鸞聖人は自然を「おのずからしからしむ」と読んで、世界を今あるようにあらしめる阿弥陀如来の働きを見いだした。また、現代語の「自然=nature」のように、人間を除いた自然界、山や川、動植物を指す言葉はもともと日本語には存在しなかった・・・。
『自然(じねん)』とは、万物が現在あるがままに存在しているものであり、人間と自然界の間に隔たりを見ることなく、「ただ自然(じねん)にあるものがあるようにしてあるだけ」という、因果によって生じたのではないとする無因論のことであり、仏教の因果論を否定した。
つまり、日本には仏教から見た「外道の思想」のひとつである精神風土がある・・・。
「じねん」は自然の呉音読み(日本の音読みの一つ)であり、「しぜん」と読んだときとは違った意味を持つようになる。また外からの影響なしに本来的に持っている性質から一定の状態が生じること(自然法爾)という意味や、「偶然」「たまたま」といった意味も持つ。
親鸞聖人は最晩年、「自然法爾(じねんほうに)」、つまり「あるがまま」「そのまま」を強調し、自己中心的な考えや行動など、すべてのはからいが脱落し、自力による分別を離れたとき、『自然の道理』、すなわち「仏のはたらきによって、あるがままに生かされることを知る」と述べた・・・。
そのように日本人にとって、自然とは自己と切り離されて客体的に存在するものではなく、自他を峻別する人間のさかしらを捨てたときに立ち表れる、ナマのままの世界であった。
一方、中国の古典(いわゆる漢文)には、一般に1つの語のうちに正反対の意味をふくむものがあり、これを『反訓』とよんでいる・・・。
反訓とは、「亂(らん)は治なり」というように、一字のうちに、同時的に正反の相反する両義をもつような文字の用い方をいう。中国の訓詁学(古代の言語を解釈することで日本の訓読みの「訓」もこれに由来する)において、古くから問題とされているものである。
自然の『自』についてみると、その訓読として「みずから」と「おのずから」の二つがある。みずからの場合には、「その働きが意識や努力を伴うこと」を意味し、おのずからは、「それを伴わないこと」を意味する。したがって、この二つの訓は、意識や努力の有無という事実を中心として見れば、正反対の方向をさすものといえる。
とするならば、この『自』も反訓の語であるということになろう。しかし漢文を読んでいると、「みずから」と読んでも具合が悪く、「おのずから」と読んでも具合の悪い『自』に出あうことが珍しくはなく、どちらでもない『自』がある。
つまり、「みずから」と「おのずから」の対立が現われる以前の『自』、対立以前の共通の地盤となる『自』があるはずである。その『自』とは、どのような意味をもつのであろうか・・・❓
『自』とは『他』の反対概念である。つまり、自とは他でないことであり、「他の力を借りない」という意味である。もし自の下に動詞が続くような場含には、『他のカを借りないで、それ自身に内在する力によって、そういう働きをする』という意味になる。これが「自の第一義」であるといえる。
この自己に内在する力が、意識や努力を伴って現われる場合が「みずから」であり、それを伴わない場合が「おのずから」である。もし意識や努力の有無ということを度外視すれば、それは「みずから」でもなく「おのずから」でもなく、それは単なる『自』であり、この言葉の意味を正確にあらわす日本語は見あたらない・・・。
次ぎに『自然』という熟語になった場合について見ると、これは『おのずから然り』と訓読する例が圧倒的に多い。つまり人為の反対概念である場合が多数を占める。
しかしながら、このような意味が自然の第一義であるとは考えられない・・・。
「自の第一義」が他に対する自であり、他の力を借りないという意味であったように、「自然」は「他然」の反対語であることから、その第一義は『他者の力を借りないで、それ自身のうちにある働きでそうなる』という意味であり、列子黄帝篇の張湛の注に『自然とは外に資らざるなり』とあるのが、まさしくこれである。
この「自然の第一義」を、自己の哲学的立場として発展させて行った代表的な例としては、晋の郭象がある。郭象は三世紀後半の人で、荘子の注を書いたのであるが、それは同時代の多くの荘子注を圧倒して流行し、今日では最古の荘子注として残っている。もっとも、郭象の荘子注は、自己の哲学的立場を荘子の本文の解釈に押しつける傾向が強く、その意味では最も悪しき荘子注であるかも知れない・・・。
また「老子」や「荘子」が、しばしば『無』を唱えるのは何のためであろうか・・・❓
それは『物を生ずるような物(造物者)は存在せず、物はそれ自身に内在する力によって生ずる』ことを明らかにするためである。
そこで、「自然の第二義」として『無為自然』、人為を否定するところに現われる自然、「人工」の対立概念としての「自然」をあげてみたい・・・。
普通に自然という場合には、この「無為自然」をさしている場合が最も多い。自然現象や自然科学という場合の自然は、いずれも人為に対立する意味での自然、「無為自然」を意味しているものと見られる。
このような意味での自然の観念に近いものは、中国においても古くから見出されるのであって、陰陽五行などの理数によって支配されている世界は、人為に対立するものであり、その意味において「無為自然」の一種であるといえる。
しかし中国で『無為自然』という場合には、直ちに老荘を連想するほどに、両者の関係は深い。そもそも無為自然という言葉は、本来は老荘の用語である。老荘の立場を一言でいえば、「人為を棄てて自然のままに生きよ」ということに尽きる。
その場合の『無為』とは、「感覚世界を超越した実在」、いいかえれば『道(タオ)』にほかならない。そして、「老荘思想」における『自然』とは、「人間のはからいを棄てるところに現われる絶大で霊妙な働き」を意味する。
人為の主体である人並の立場を放棄するところに、自然のもつ霊妙な摂理が現われるとし、自然の摂理に対する絶対的な信頼、これが「道家」や「道教」の哲学を支える地盤である。
しかし一口に老荘といっても、老子と荘子とでは『自然』の捕えかたが微妙に変化している・・・。
『老子』の立場は、全体として社会的な傾向が強く、そのため人為を主として文化というかたちで受けとめる。したがって「文化のない太古自然の世を理想とし、赤子の状態を人間の理想像」とする。
これに対して『荘子』の場合は、より多く宗教的であるために、自然を運命のかたちで受けとめようとする。したがって荘子が無為自然という場合、それは「一切のはからいを棄てて運命のままに生きよ」という意味になる。
また、『無為』についても両者の傾向には違いがある・・・。
『老子』は「無為の治(むいのち)」、すなわち君主が無為であれば国はかえって治まる、という政治思想を説いている。これは後に「黄老思想」として理論化され、前漢前期に流行した。
『荘子』は、心の平穏を得た境地を説明する際に「無為」の語を多く用いている。また、包丁名人や蝉採り名人のように、特定の行為を極めた人も、「無為と同様の境地に至る」とされる。
中国哲学における『無為』は、「道家思想(老荘思想)」の根本概念であり、人間や政治の理想的あり方であったが、後世の「道教」では、宗教行為として行うのが困難だったためか、『無為』が説かれることはあまり無かった。
一方、日本ではよく、老子の思想は無為自然で「無心」を勧めているのだから、「無欲」に徹することこそ統治の理念だろうと言われるが、日本人はそこに気をとられすぎている。それは老子独特の表現で、『過剰な作為や過度の執着を戒めた』と見たほうが良いであろう。
なお、『無為』という言葉自体は「儒家」や「法家」、「中国仏教」などでも使われる・・・。
『老子』の「自然」は実に現象としての自然ではなく、その現象の奥に道理や理法と称せらるべきものを想定して、それに順うことが「自然」であり、それに反するものが不自然だと考えている。
其の上で、『老子』の「無為(感覚世界を超越した実在)」とは私利私欲を排除して、清静虚明な人間本来の精神に立ち返り、「自然(人間のはからいを棄てるところに現われる絶大で霊妙な働き)」と一体になることである。
その窮極においては「無為即自然」「自然即無為」ということになる。つまり、実在の側からいえぱ「自然」、人聞の側からいえぱ 「無為」ということである。
後世の人々が両者を連用して『無為自然』なる語を作製した所以は、結局のところ「無為」も「自然」も「無為自然」も実質的には全くの同義語だったのである。ただ老子や荘子に忠実に記せば『無為・自然』であるべきであろう・・・。
『老子』の「道」、その精髄(本性)こそが『無為自然』
『老子の思想の根本概念』は、一切万物を生成消滅させながらそれ自身は生滅を超えた「超感覚的な実在(感覚世界を超越した実在)」ないしは「宇宙天地の理法(宇宙万物の法則・原理)」としての『道(TAO/タオ)』であり、その『道』は「宇宙の根源で、万物を生成する存在」である。
さらに『道』の作用は『無為』であり、その存在自体は『限定不能で、五感では感知できないもの』とされている。
そして老子は、『道』のほうが「天」と比べてより根源的であり、「天」は『道』より派生したものだとした・・・。
「形はないが、完全な何ものかがあって、天と地より先に生まれた。それは音もなく、がらんどうで、ただひとりで立ち、不変であり、あらゆるところをめぐりあるき、疲れることがない。それは天下(万物)の母だといってよい。その真の名を我々は知らない。(仮に)“道”というあざなをつける。真の名をしいてつけるならば、“大”というべきであろう。“大”とは逝ってしまうことであり、“逝く”とは遠ざかることであり、“遠ざかる”とは“反ってくる”ことである。だから“道”が大であるように、天も大、地も大、そして王もまた大である。こうして世界に四つの大であるものがあるが、王はその一つの位置を占める。人は地を規範とし、地は天を規範とし、天は“道”を規範とし、“道”は“自然”を規範とする。」【第25章】
ここで言う「“道”は“自然”を規範とする」とは、原文である『道法自然』の逐語訳(ちくごやく:原文の一語一語を忠実に解釈・翻訳すること、また、そのような翻訳・解釈)であり、多くは「道は自然に法(のっと)る」や「道はそれ自身、すなわち自然の法にのる」、または「道の法(規範/道の在り方)は、本来の己に由来する」と訳する。
さらに語釈(ごしゃく:言葉の意味を説き明かすこと。語句の解釈)するならば『道は他者の力を借りないで、それ自身のうちにある働きでそうなる』、つまり「道」は『常に自力による存在(自身に拠って立つ存在)』と言える。
老子はまた、『道』は「上帝」や「神」の存在の根本であるとまで強調している・・・。
「いくら汲み出しても、あらためていっぱいにする必要はない。それは底がなくて、万物の祖先のようだ。(そのなかにあっては)すべての鋭さはにぶらされ、すべての紛れは解きほぐされ、すべての激しいようすはなだめられ、すべての塵は(はらい除かれ)なめらかになる。常にふかぶかと水をたたえた深い池のようだ(湛々とした水のような静かな姿で深い淵のようにほの暗く、そこにあるようだ)。それは何ものの子であるのか、我々は知らない。(だが、それは実質のとらえがたいすがた)象として、(太古の)帝王より以前から存在していた(神の前に存在する“あるもの”のようである)。」【第4章】
老子はさらに『道』をなすという本体論について、ある「具体的な道」から「哲学の道」へと『道』に「形而上の超越」を加えている。つまり「“道”が語り得るものであれば、それは不変の“道”ではない。」【第1章】とし、「不変の道」と具体的な「語り得る道」とを分け、そこから『道』に「形而上の性格」を賦与している。
この語り得ない「不変の道」は、『相対を超越した一個の絶対本体』であり、それは『左伝』、『国語』、『論語』などが説くところの「先王の道」、「君子の道」、「人生の道」などとは異なる。なぜなら、これらはみな『語り得る道』であり、「人間の道」に属するものだからである。その「不変の道」を宇宙万物の本体論としていることからすれば、『存在の本体』ということになるであろうし、世界の生存論としては『本源』ということになる。
老子のこの巧みな考え方は、早期中国哲学における『精神の自覚』ということが言えるであろう・・・。
老子の『道』は、一般の事物とは異なる、有るようで無く、無いようで有る『形而上の存在』と言うことができる・・・。
それゆえ、彼は、「“道”というものは実におぼろげで、とらえにくい。とらえにくくておぼろげではあるが、そのなかには象(かたち)がひそむ。おぼろげであり、とらえにくいが、そのなかに物(実体)がある。影のようで薄暗いが、そのなかに精(ちから)がある。その精は何よりも純粋で、そのなかに信(しるし/確証)がある。」【第21章】と言う。
また、「目をこらしても見えないから、すべり抜けるものとよばれ、耳をすましても聞こえないから、かぼそいものとよばれ、手でさわってもつかめないから、最も微小なものとよばれる。これら三つのことは、それ以上つきつめようがなく、まざり合って一つになっているのだ。それが上にあっても明るさはなく、それが下にあっても暗さはない。次々と連続して名状しようもなく、何物もないところへもどってゆく。それらは状(すがた)なき状、物とは見えない象(かたち)とよばれ、はっきりとはしないそれらしきものとよばれる。それに正面から向かっていっても顔が見えないし、あとについていっても後ろ姿も見えない。だが、いにしえの“道”をしっかり握れば、いま現にあるものを制御し、いにしえの(すなわち)すべてのはじまり(にあったもの)を知ることができる。これが“道”の 紀(もとづな)とよばれる。」【第14章】と述べる・・・。
つまり老子は、なかに象(かたち)がひそみ、なかに物(実体)がありながら、状(すがた)なき状、物とは見えない象(かたち)というこの物質的実体は人間の意志では動かすことのできない永遠の存在であり、ありとあらゆる所を運行し、永久に停止することのないものでもあるため、これを『道』と命名するしかないのである ‼
論理学の本体論における『道』の意味から言えば、それは「宇宙生成論」と関連性があるだけでなく、それ自身にも特徴がそなわっている。それは本体的な第一存在の『道』を、ことばで表現できないということによって制限を加えられたものであるため、「この本体に関してはいかなる規定性ももたず、ただ純粋無な思惟の立ち上がるはじめの状態(初期の状態)」であるとみなしている。
『道』こそは「純粋存在であり、分析不能な純粋存在もしくは純粋無」である。それは『普遍的規律の先在性を強調し、普遍的規律を最高の実体』としている。
其の上で老子は、宇宙生成の過程について相当深く思索し、後世の人々の議論を呼び起こすような言説を残している・・・。
「“道”は“一”を生み出す。“一”から二つ(のもの)が生まれ、二つ(のもの)から三つ(のもの)が生まれ、三つ(のもの)から万物が生まれる。すべての生物は背を陰(ひかげ)にして陽(ひかり)をかかえるようにする。そして陰と陽の二つの気(いぶき)のまじりあった深い気によって(万物の)調和(平衡)ができる。」【第42章】
つまり、『道』は「一」の前にあり、「一」は天地が分かれる前の総体であり、「二」はすでに分かれた天と地であり、「三」は陰陽と衝気であるという・・・。
もちろん、その意味を理解するとき、我々は一、二、三がここで具体的にさす事物をいちいち対照して比べる必要はないであろう。
なぜなら大部分の不一致はみなここから生じているからである・・・。
ここでいうところの「一、二、三」は、『道』の万物創生の過程を形容しており、それは最も抽象的な本体から絶えず物質世界へと下りてきて具体的な形をとり、万物を創生する・・・。
これこそがまさしく『老子』でいう「天下のあらゆる物は“有”から生まれる。“有”そのものは“無”から生まれる。」【第40章】であり、『道』から万物が生まれるというのは、「少」から「多」へのプロセスであり、万物は「無」からのみ生まれると観照している。
つまり、「無」は『道』であり、『道』から「有」が生まれ得る。つまりは、『道こそは無と有の統一(統合)』ということになる ‼
老子はまた「“道”が(すべてを)生み出し、“徳”がそれらを養い、物それぞれに形を与え、環境に応じて成熟させた。それゆえに、あらゆる生物はすべて“道”をうやまい、“徳”をとうとぶものである。」【第51章】とする。
これは『道』が万物を創生したあと、万物を成長させ、栄養を与えつづけていることを述べており、だからこそ『道』が宇宙万物を生み育んだのだと言う。
そして『道』は万物に君臨し万物を治めるのではなく、「何もしないことによってこそ、すべてのことがなされる」のであり、天下万物が生み出され形づくられて以後の、「万物自身の運動・変化も同じように宇宙生成・化育の重要な一側面」でもあった・・・。
その『道』は意志をもった人格としての「神」もしくは「上帝」ではなく、「道」の精髄(本性)は『無為自然』にこそあると断言する ‼
前述の『老荘思想』と『無為自然』で指摘したように、老子が唱える『無為』とは、「感覚世界を超越した実在」、いいかえれば『道(TAO/タオ)』にほかならない。そして、『自然』とは、「人間のはからいを棄てるところに現われる絶大で霊妙な働き」を意味する・・・。
老子の『無為(感覚世界を超越した実在)』とは、私利私欲を排除して、清静虚明な人間本来の精神に立ち返り、『自然(人間のはからいを棄てるところに現われる絶大で霊妙な働き)』と一体になることである。
その窮極においては「無為即自然」「自然即無為」ということになる。つまり、実在の側からいえぱ『自然』、人間の側からいえぱ 『無為』ということである ‼
ただし、前述でも指摘したように、日本ではよく『老子の思想』は無為自然で「無心」を勧めているのだから、「無欲」に徹することこそ統治の理念だろうと言われるが、日本人はそこに気をとられすぎている。
それは老子独特の表現で、『過剰な作為や過度の執着を戒める』と見たほうが良いであろう ‼
『老子』の重要思想『生命体験にもとづいた悟りと観照』
『老子』の説く「道」は、『宇宙の根源で、万物を生成する存在』である。また「道」は『宇宙万物の法則・原理』であり、さらに「道」の作用は『無為』であり、その存在自体は『限定不能で、五感では感知できないもの』とされている。
『老子』がしばしば「無」を唱えるのは、『物を生ずるような物(造物者)は存在せず、物はそれ自身に内在する力によって生ずる』ことを明らかにするためである。「無」は『道』であり、『道』から「有」が生まれ得る・・・。
つまりは、『道こそは無と有の統一(統合)』ということになる ‼
『道』は万物に君臨し万物を治めるのではなく、『何もしないことによってこそ、すべてのことがなされる』のであり、天下万物が生み出され形づくられて以後の、『万物自身の運動・変化も同じように宇宙生成・化育の重要な一側面』でもある。
さらに『老子』の説く「道」は、意志をもった人格としての「神」もしくは「上帝」ではなく、『道の精髄(本性)は無為自然にこそある』と断言する・・・。
つまり、老子の『道』は「抽象的な絶対」であり、「一切の存在の根源」であり、「自然界中の最初の原動力」であり、「創造力」である ‼
しかし、ここ二千数百年来、決定的にその崇高で深淵(勇壮かつ玄妙)なる老子の『道(TAO/タオ)』に繋がる(「道」に精通する)「真理(スピリチュアル・バリュー/精神的価値)」から、「真実性と具象へ至る不変的(普遍的)プロセス」が、いまだ『抽象の域』でジレンマを踏んでいる・・・。
つまり老子は、「形而上的な道の本源性と宇宙の生成性」を強調するが、それはことばにはできないものと考え、「道を神秘化、虚無化するように覆い隠した」ため、『ことばと「道」の関係に矛盾が生じる』ことになった。
また老子は『隠者として「不言」「貴言」「希言」の唱導者』として、彼は著述をせず、弟子もとらなかったが、関所を出るときにだけ『堂々たる五千字の思者自道』を残した。
この「発憤の書」は、彼が唱導するところの『清静無為の境地』、いわゆる「言語文字の軽視と体験の重視」と矛盾していることなどが、後の学術史上において議論を百出させ、こうした諸矛盾がいまもなお『老子』に影を落としている要因に他ならない・・・。
延いては、形而上学的領域を「語って」しまう形而上学は意味を為さない『命題の集合』に堕するほかなく、「語りえぬものについては、ひとは沈黙に任せるほかない」のである ‼
この言明は現在でもしばしば引用される・・・。
しかし、大方の了解とは異なり、神秘主義的で不可知論的な命題が語られているわけでも、あるいは逆に形而上学的な領域の存在を否定しているわけでもない ‼
『老子』においては、「語りえぬもの(語られえないもの)は示されうる」のである・・・。
つまり、命題的に語られうるものを最大限明晰に語りきることによって、語り得ず、ただ示されうる領域を示すことは可能であり、まさしく『老子』はそのような行為を遂行しようとしたのである。
そして、有意味な(即ち、真偽について判断を為しうる)命題として、「形而上学的」あるいは「価値的領域(それは人生の問題に直結する真実性)」を語ることができないという『老子』の主張は、そのような領域が存在することを否定するものではない ‼
西洋において現象的世界を超越した本体的なものや絶対的な存在者を、「思弁的思惟」や「知的直観」によって考究しようとする『形而上学』とは、感覚ないし経験を超え出でた世界を真実在とし、その世界の普遍的な原理について理性(延いてはロゴス)的な思惟で認識しようとする学問ないし哲学である・・・。その語源は、『易経』の十翼の一つ『繋辞伝』における「形而上を道と謂(い)う」の語に基づくものである・・・。
中国哲学のかぎは「聞道」であり、西洋哲学の要諦は「求知」にあるとよく言われる・・・。
だが、老子の「聞道」の本体論と彼の「求知」、つまり認識論との関係は相当緊密に一つに結びついていおり、『老子の認識論』は自然や宇宙の規律についての認識や概括というだけでなく、その本当の立脚点は「社会闘争と人生経験」の方面に置かれている。
その認識論は「静観」、「玄鑑」、「知常」、「棄智」などいくつかの面において具体的に表現されており、老子は具体的な「物」から抽象的(形而上的)な「道」を認識すること、そしてまた抽象的(形而上的)な「道」から普遍的な「物」を客観的に観察することを特に重視する。
彼は直観的に「道」の本体を把握するこのやり方を『観』とよんでいる・・・。
「それゆえに、あるひとりの身については、その人の身(の修め方)によって見て取れ、一つの村については、その村(における修め方)によって見て取れ、一つの国については、その国(における修め方)によって見て取れ、天下全体については、天下(における修め方)によって見て取れるのである。私は何によって天下がそのようであると知るか。このこと(以上のこと)によってである。」【第54章】
ここで老子は、「直観の認識活動中における作用」を強調し、客体のはばと深さを上手く認識するよう客体に要求する。身を観、家を観、郷を観、国を観、天下を観て天下を認識するという考察の角度から、彼の『認識論の論理を展開する方式』を見て取ることができる・・・。
ただ、老子が直観的な方式によって「道」を把握することを強調する時、『ある種の神秘的な色彩を帯びてくること』は否めない ‼
そこで老子は、「穴(耳や目などの感覚器官)をふさぎ、門(理知のはたらき)を閉じるならば、一生の終わりまでくたびれることはない。」【第52章】と言いう。これを『自己の絶対真理を探究する認識方法』としており、そこで「感性の認識」と「理性の認識」とが対立しはじめるため、以下のような言説が出てくる。
「戸口から一歩も出ないで、天下のすべてを知り、窓の外をのぞくこともしないで、天の道をすべて知る。出てゆくことが遠くなればなるほど、知ることはいっそう少なくなる。それゆえに、聖人は出かけていかないでも知り、見ないでもその名をはっきりいい、何の行動もしないで万事を成しとげる。」【第47章】
これは老子が「感性の認識」を否定・放棄し(脱し)、『理性絶対論に到達した(感性の認識を超えて含んだ)』ということであろう・・・。
つぎに「玄鑑」は、老子の『認識論の重要な原則』である・・・。
帛書乙本『老子』第11章では、「神秘的な幻想(ヴィジョン)をぬぐい去って、くもりがないようにできるか。」(王弼本と河上公本ではいずれも「滌除玄覽」につくる)。高亨の考証に曰わく、「“覧”は“鑑”とも読め、昔は“覧”と“鑑”とは通用していた。玄鑑とは、心の中の光明を形而上の鏡として事物をよく照察するということであり、ゆえにこれを“玄覧”と称する。」とある・・・。
「玄鑑」とはすなわち、人間の心の奥底にあり、事物に対し子細な観察を加え認識させる『形而上の心の鏡』のことである。それは一般的事物の感性の認識を超越しており、論理的推理の認識でもなく、『生命体験( *注2 生得の力)にもとづいた悟りと観照』である。
特にこの幽玄で、影も形もなく名前をつけようもない「道」という認識対象に対しては、『生命の「鏡」の体験( *注2 生得の力)』を通してでしか把握できないのであり、それゆえ、主体の心が静かで落ち着いた境地にあるときに、総体的な「道」を直観的に体得し理解するのである ‼
「知常」(常を知る)とは、「一時のために永劫を放棄する」ことへの反撥である・・・。
「常」は、「恒」、「静」と意味が近く、一切の変化中の不変の法則である。『老子』には二度、「“常”を知ることは“明”(明察)とよばれる。」という句が出てきており、「常」を知らなければ、めくらめっぽうにやるしかなく、必然的に不幸な結果を迎えることになると強調している。
言い換えれば、調和のとれた道理を知ることが「常」であり、その「常」を知ることが「明」だということである・・・。
「常」の意は「恒」に近く、「静」とも近いということは前にも述べたが、老子は静かに観照する認識論を強調し、欲望と偏見から抜け出し自然の道と人の生きる道を知ることを要求しており、このようにしてはじめて運命に従い根本にもどることができるのであり、これこそが「明」すなわち『大なる智、大なる明』なのだと言う。
「常の徳」を「常の道」の運行過程中に置いて体得・認識すると言うのが、老子の重要な思想の一つである ‼
「棄智」についての考えであるが、老子は「知」を大変重要視しており、『老子』の中で、知を論じている章が全部で27ある。ただ、老子の言わんとするところは、「英知をなくしてしまい知識をなげすてよ。そうすれば人民の利益は百倍にもなるであろう。」【第19章】という点の強調にある・・・。
その他の言説からも、確かに老子には知を棄て知から遠ざかる傾向があるが、単純にそれを「愚民政策」とみなしてはならない。延いては、度を超して知力を弄び、悪巧みをはたらかせ、策略を弄し、そして陰険狡猾ないわゆる「智謀を巡らす当時の世の中に対しての反感」がそこにあることを読みとらなくてはならない ‼
「棄智」を提起し、本来の心に回帰し安寧で秩序ある本来の生活と社会秩序に立ち戻って、覇を競い智を好む行ないがもたらすマイナスの作用を取り除くことを老子は唱導したのである。
老子はよく言われるような、「君主のために愚民政策を立案した陰謀家」などではない。なぜかと言えば、『老子』の中には、彼の智に対する心からの賛美、あるいは智のプラスの効果に対する詳しい記述があるからである ‼
たとえば【第32章】では、「とどまるべきときを知ることにより、危険から免れることができる。」、【第33章】では、「他人を了解するものが智慧のある人であり、自己を了解するものが明察のある人である。」、【第28章】には雄(かた)さの力を知りつつ雌(よわ)さのままにとどまり、白の輝かしさを知りつつ、黒の知られないままにとどまり、栄誉のとうとさを知りつつ汚辱にとどまれば、天下の何ものをも受け入れる谿(たにま)のようなものとなるという説を述べている。
特に【第53章】「私にわずかでも知識があったならば大きな道を歩けるが、斜めのわき道に迷いこみはしないかと恐れるであろう。」は、もし自分にほんの少しでも知識があれば大きな道を歩くことができる、ただわき道に迷い込むのが心配だということで、老子が知識と道徳のプラスの効果について高く評価していることがわかる。
このほか、【第56章】では「知っているものはしゃべらない。しゃべるものは知っていない。」、【第70章】では「私のことばは大変理解しやすく、行ないやすい。それなのに天下のだれにも理解できるものではなく、行なうことができるものでもない。すべてことばに宗(おおもと)があり、物事をなすには、君(主宰者)があるものだ。人々が無知だからこそ、私は理解されないのである。私を理解するものはまれであるが、私に倣(なら)うものはとうとばれる。」、【第71章】では「知っていても十分には知っていないとみずから考えることが最上である。知らないの知っているとすることは欠点である。」と述べ、【第72章】では「それゆえに聖人は自らを知るが見せびらかさない。自らを愛するが自らをもちあげようとはしない。まことにあのこと(見せびらかすことなど)を投げやり、このこと(自らを知ることなど)をとるのだ。」とする。
老子がよく言われるように、どこまでも智に反対しどこまでも智を棄て智から遠ざかろうとしていたのでないということは見やすいであろう。彼が反対していたのは、本当の道からははずれている小智、道を掌の上で弄ぶ邪悪な智だけであり、人心や聞道と関わりのある耳目聡明な本当の大智を彼は強調している・・・。
以上のことから、「道」を追求する知識だけが本当の知識であり、自分の欠点を知り自分の限界を知悉している知識をはじめて明にして智なる知識とよぶことができ、それゆえに老子は「永久であるものを知ることが明察である」と言うのだ ‼
全体から見ると、老子は行き過ぎて知を追求することのプラスとマイナスの効果について言及しているが、同時に、理性の直観 -「玄鑑」及び道の本体についての把握 -「知常」を強調し、知の根本は、人の身の修め方を知り、家族の修め方を知り、村の修め方を知り、国の修め方を知り、天下の修め方を知ることにあると言う。
同時に彼は「知の可能性及びその限界性」を認識し、度を超して知識を追い求め、知識にひたすら耽溺している戯れの中から生ずる弊害を暴き出す・・・。
そして真の知を得るには、「玄鑑」と「知常」を通じてでなければならず、それによって「道」「徳」の体得・認識に到達できることを強調している ‼
認識論がまだ発達していなかった先秦時代にあって、このように深奥なる認識を獲得したということはまことに尊ぶべきことであろう・・・。
『老子』が暗示した「真の常道」に精通する『生得の力』
老子の『語り得ない道(不変の道)』は一般の事物とは異なる、「有るようで無く」「無いようで有る」、『抽象的な形而上の存在』である・・・。
老子は、「形而上的な道の本源性と宇宙の生成性」を強調するが、それはことばにはできないものと考え、「道を神秘化、虚無化するように覆い隠した」ため、『ことばと「道」の関係に矛盾が生じる』ことになった。
また老子は『隠者として「不言」「貴言」「希言」の唱導者』として、彼は著述をせず、弟子もとらなかったが、関所を出るときにだけ『堂々たる五千字の思者自道』を残した。
故にこの「発憤の書」は、彼が唱導するところの『清静無為の境地』、いわゆる「言語文字の軽視と体験の重視」と矛盾していることなどが、後の学術史上において議論を百出させ、こうした諸矛盾がいまもなお『老子に影を落としている要因』に他ならない ‼
『老子』その人その書は、冒頭からすぐさま『道をなす』という本体論について、ある「具体的な道」から「哲学の道」へと『道に形而上の超越』を加えた・・・。
つまり、「“道”が語り得るものであれば、それは不変の“道”ではない。」【第1章】とし、「不変の道」と具体的な「語り得る道」とを分け、そこから『道』に「形而上の性格」を賦与したのである ‼
この語り得ない『不変の道』は、宇宙万物の本体論としていることからすれば、『存在の本体』ということになり、世界の生存論としては『本源』ということになる。それは本体的な第一存在の『道』を、ことばで表現できないということによって制限を加えられたものであるため、『この本体に関してはいかなる規定性ももたず、ただ純粋無な思惟の立ち上がるはじめの状態(初期の状態)』であるとみなしている・・・。
つまり『道』こそは、「純粋存在であり、分析不能な純粋存在もしくは純粋無」であり、その「普遍的規律の先在性と規律を最高の実体(実在)」とした。
其の上で老子の説く『道』は、意志をもった人格としての「神」もしくは「上帝」ではなく、『道の精髄(本性)は無為自然にこそある』と断言する ‼
老子が唱えるその核心とも言える『無為』とは、「感覚世界を超越した実在」、いいかえれば『道』にほかならない。そして、『自然』とは、「人間のはからいを棄てるところに現われる絶大で霊妙な働き」を意味する。さらに老子は、『無為(感覚世界を超越した実在)とは、私利私欲を排除して、清静虚明な人間本来の精神に立ち返り、自然(人間のはからいを棄てるところに現われる絶大で霊妙な働き)と一体になることである』と説く。
その窮極においては「無為即自然」、「自然即無為」ということになる。つまり、『実在の側からいえぱ自然』、『人間の側からいえぱ無為』ということである。
何度となく述べるように、老子の『道』は「抽象的な絶対」であり、「一切の存在の根源」であり、「自然界中の最初の原動力」であり、「創造力」である ‼
この幽玄で、影も形もなく名前をつけようもない『「道」という認識対象』に対しては、一般的事物の感性の認識を超越しており、論理的推理の認識でもなく、全き人間の心の奥底にあって、事物に対し子細な観察を加え認識させる『形而上の心の鏡』、つまり、『生命の「鏡」の体験』とも言える『生命体験( *注2 生得の力)にもとづいた悟りと観照』を通してでしか把握できないのであり、それゆえ、主体の心が静かで落ち着いた境地にあるときに、『総体的な「道」』を直観的に体得し理解するのである・・・。
そして『老子』の説く『非言語的世界の次元』、つまり、老子の道に精通する『 *注2 生得の力』とは人の本性に宿るものであり、その『生得の力』こそが「道」の精髄である『無為自然の本性』をも把握させる鍵となる ‼
『易』と『老子』の「生成論と思考法」の構造的な相違
東洋における『万物の生成論』では、 無極の混沌である「気一元」から、物質の基礎としての「陰陽二気」が生じ、それらがお互いに抱きあいながら『消長』を繰り返している(陰陽はいつも静止・不変の状態ではなく、お互いの力関係に基づいて常に変化している)・・・。
(図1)の『太極図』は、円の象徴として「一なるもの、太極、空、虚、無」を表し、(図2)では一なるものが二分割され「陰と陽」を表したものである。
『太極』とは、時間的・空間的無限を意味しており、『無極』とは、無方向・無形状・無限量である「大始の混沌とした元気」を示し、そこでは『道は一を生ずる』・・・。
この天地宇宙を現した円の中に表された『陰陽二気』では、陰の中にも陽があり、陽の中にも陰があり、絶えず流動し循環しながら調和を保っている。
『気の概念』が物質的な意味から広義の気の概念を有するようになったのは、「道家(老子・荘子)」の影響を受け、『陰陽論』に結びつくようになってからである ‼
『老子道徳経』の【上編第1章】は、「無名天地之始,有名万物之母。(名無は天地の始め、名有は万物の母。)」という『道(タオ)の本質』を表す根元から始まっている・・・。
これは「原初」なる『無』から、「現象」としての『有』が生じるという意味であり、この二つのリアリティは、名がつくことで、前者を『道』といい後者を『万物』というように表現されている。
しかし、その根本は同じであり、その深遠さを『玄』と表現している・・・。
つまり、「無」は『道』であり、『道』から「有」が生まれ得る。つまりは、『道こそは無と有の統一(統合)』ということになる ‼
また、「道生一,一生二,二生三,三世万物。万物負陰而抱陽,沖気以為和。(道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず。万物は陰を負いて陽を抱き、沖気を以て和を為す。)」【下編第42章】と述べられている・・・。
大部分の「不一致(特に西洋的なものとしての東洋の哲学・思想の解釈に、誤解・誤読と思い込み)」はみなここから生じている ‼
つまり、老子の『道』は「一」の前にあり、「一」は天地が分かれる前の総体であり、「二」はすでに分かれた天と地であり、「三」は陰陽と衝気であるという。
これは、『道』という「原初なる無の世界」から「総体なる一の世界」が生じ、微細なる働きとしての『気』が躍動し「陰と陽の二つの気(いぶき)」が生じ、その「陰陽の二気」の働きから「万物(この世のすべて)」を創造し、二つを媒介する「沖気」によって調和が生じるというのである ‼
このように、「万物の根本を意味する陰陽思想」と結びつき、『気』は「大宇宙(大自然)」と「小宇宙(人体)」に繋がり流れ動く概念として大きく捉えられるようになったのである・・・。
ただし、『易』と『老子』の『生成論の構造的な相違』について、「空間分割の形式から思考法の原初的な形式が発生している」と捉え、両者を比較した考察では(図3)で示すように、混沌とした無極の円を分割するには「上下の二分法」と「内外の二分法」の二通りがある。
『老子』の「内外二分法」の場合、「同心円構造の内円は、この状態では決して分割されることのない混沌の状態」である。
これらの二分法が、『易経』と『老子』での「思考の違い」であり、それを比較したのが(図4)である。
『易経』では、太極から両儀、四象、八卦と「徹底した二分法」になっているのに対して、『老子』では「一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず」となっており、三分割の次は「万物で五分割」になっている。
つまり、「内円こそが沖気であり、沖気が五行の中央土を結合」している。その論証として、五行の中央土の性格が「万物は陰を負い陽を抱き,沖気を以て和を為し,和は中央に居る。是を以て木の実は心に生じ,草の実は莢に生じ,卵胎は中央に生ず。(『文子』)」の一文を示し、「和は中央に居る」として『和=沖気』を中央においている・・・。
しかし、老子の説く『非言語的世界の次元』、つまり、老子の「道」に精通する『 *注2 生得の力』は、「言語知的に解釈」されればされるほど『近くて遠い問題』として、いよいよ問題の見方の問題を膨らませていく。
そして現在、その『道(源なるもの)』を故意的に葬り去ろうとする何千年もの苦悩が厳然と横たわり、いつしか宇宙や自然、そして生命や進化の神秘(聖なるもの)から果てしなく遠ざかる『流浪の生の旅』へと投げ出されてしまった・・・。
然れども、本来の真性をまもり、物欲に煩わされない『老子の思想と智慧』は、時代の変遷によって消えてなくなることはなく、今世紀においても『老子』その人その書は生き続けている。尚且つ時代が進むにつれ、その「精神的価値」は洋の東西文化の隔たりを超え、より『力動を増すもの』となっている ‼
【参照1】西洋的思想における『永遠の哲学』と呼ばれる世界観
先にも述べたように、老子の説く『非言語的世界の次元』、つまり、老子の「道」に精通する『 *注2 生得の力』は、こうして「言語知的に解釈」されればされるほど、『近くて遠い問題』(それはある意味、現代における紛れもない「スピリチュアルへの認識と弊害、そして混乱」)として、いよいよ問題の見方の問題を膨らませていく・・・。
実はここに、西洋と東洋ならぬ『コンテクスト』の差異、特に西洋的なものとしての東洋の哲学・思想の解釈に、誤解・誤読と思い込みが多く観られるのである ‼
例えば、時代と文化を越え、西洋における『永遠の哲学』と呼ばれている世界観は、キリスト教から仏教、タオイズムに至るまでの「世界の偉大な叡智の伝統の核心」を形成しているばかりか、東西、南北の多くの「偉大な哲学、科学、心理学の核心」のほとんどを形成してきたと主張する・・・。
この『永遠の哲学』の核心が『存在の大いなる連鎖』という考え方であり、基本的な考え方は「リアリティは単一の次元ではなく、幾つかの、異なった、しかし連続している次元で構成されている」と言うものである。
『顕現されたリアリティ』とは、したがって「異なった段階(ないしレベル)」で構成されており、ときに『存在の大いなる連鎖』は三つの大きなレベル、「物質―心―霊(スピリット、精神)」として提示される。
他の提示方法では「物質―身体―心―魂―霊」の五つのレベルでも考えられる。もっと詳細なレベル分けとしてヨーガのシステムでは何十にも明確に区分され、それは「低位の、最も粗く、最も意識の少ない段階から、高位の最も意識の高い段階まで連続している意識の次元」が提示されている。
つまり、『永遠の哲学』の中心的な主張は、人間は低位の意識段階から高位の意識段階までの「階層(レベル)」を登って成長し、あるいは進化できるということ、それはすべての成長と進化が「大いなる連鎖」という「階層性(ヒエラルキー)」を展開しながら、その完全性への到達を目指すことを示している ‼
『存在の大いなる連鎖』とは、ハーヴァード大学で学び、その後は学際的な学問分野である「観念史」を確立したアーサー・ラヴジョイが、「文明化された人間の歴史において、ほとんどの間、主要な公認の哲学」とした世界観である・・・。
つまり、「東洋と西洋における、より細密な探究心を持つ人々、偉大な宗教の師たちが様々な仕方で関わってきた世界観」とは、何らかの形での『永遠の哲学』、『存在の大いなる連鎖』の哲学のヴァリエーションであると主張する ‼
ヒューストン・スミスがその素晴らしい著書『忘れられた真実』で世界の偉大な宗教を一言でまとめたように、それは「存在と知の階層」・・・。
チュギム・トゥルンパ・リンポチェが『シャンバラ ― 聖なる戦士の道』で述べたように、「天、地、人という階層」は、インドからチベット、中国に至るまで、神道からタオイズムに至るまで、「アジアの哲学に浸透している基礎的な観念」であり、それはまた「身体、心、霊(スピリット、精神)」に等しいことを指摘している ‼
歴史的に研究されてきた『永遠の哲学』、その核心である『存在の大いなる連鎖の概念(観念)』は、人間の文明の歴史のほとんどにわたって「哲学の主流」となってきた・・・。
それは普遍的であり、したがって諸文化を横断して、「身体―心―霊(スピリット、精神)」から構成される「人間性(さらに一切の衆生)」の核心をついているとも主張する ‼
そして私たち人間には(少なくとも)、すべての大いなる連鎖に対応する『三つの知の眼(知のモード)』があることを示すことができ、そこにも「階層(レベル)」があるとしている・・・。
つまり、⓵ 物質的な事象と感覚の世界を捉える(開示する)『肉体の眼』、⓶ イメージ、概念、観念など、言語と象徴の世界を捉える(開示する)『心(理知)の眼』、そして、⓷ スピリチュアルな経験や状態、つまり、魂と霊(スピリット、精神)の世界を捉える(開示する)『観想(般若)の眼』である ‼
これらは、身体から、心、霊(スピリット、精神)に至る『意識のスペクトル』を単純化したものであり、世界のすべての叡智の伝統であるタオイズムからヴェーダンタ、禅からスーフィズム、ネオプラトニズムから孔子の哲学などは、すべてこの「大いなる連鎖に基礎をおいている」ことを論証している・・・。
それは「存在と認識」の様々な階層(レベル)を伴った、『意識の全体的なスペクトル』であると強調する ‼
すでに述べたように、『永遠の哲学』の中心的な主張は、人間は「物質―身体(生命)―心(ハート、マインド)―魂―霊(スピリット、精神)」の各段階(階層)を登って発達・成長し、あるいは進化しながら、「存在と認識はその完全性への到達」を目指して行く・・・。
この「永遠の哲学」の核心である『存在の大いなる連鎖』ないし『意識のスペクトル』の一方の端には、「物質と呼ぶ、感覚のない(少ない)、意識のない(少ない)」ものがあり、一方の端には「霊(スピリット、精神)」「至高神」「超意識」(それはまた、スペクトルすべての基底となる)がある・・・。
その間に並ぶのは、プラトン(実在)、アリストテレス(現実性)、ヘーゲル(包括性)、ライプニッツ(明晰性)、オーロビンド(意識)、プロティノス(抱擁)、ガラップ・ドルジェ(知性)など、呼び方の異なる「リアリティの次元」である ‼
それはステップを踏んで「段階的」「階層的」「多次元的」(言葉はどうあれ)に顕現する・・・。
叡智の伝統であるヴェーダンタでは、それは「鞘(コーシャ)」と言い、ブラフマンを覆う被層であり、仏教では、それは「八識」と言い、八つのレベルの識(アウェアネス)であり、ユダヤ教カバラでは、それは「知恵の木(セフィロト)」である ‼
『存在の大いなる連鎖』とは、単に階層主義などと言ったものではなく、実際にはアーサー・ケストラーの言う『ホロン階層』であり、包括性を増大させていく順位付けであり、高位に行けば行くほど、世界とその住人を包括していく・・・。
つまり、『永遠の哲学における階層性』という言葉の意味は、今では現代心理学、進化理論、システム理論にも使われるように、「単にその全体論的な能力(キャパシティ)に基づいて順序付けられた事象」に他ならない ‼
どんな『発達論的なプロセス』でも、「ある段階で全体であったものは、次の段階ではより大きな全体の部分」になる。文字は単語の、単語は文の部分であり、文は文節の部分である・・・。
いわゆるアーサー・ケストラーは『ホロン』という言葉を、「ある文脈において全体であり、それよりさらに大きな文脈において部分である」という意味で用いた・・・。
つまり、全体と言うのは、部分の単なる寄せ集めではなく、全体が多くの場合、部分の機能に影響を与えたり、あるいはそれを決定したりするのである ‼
したがって『階層(ヒエラルキー)』とは、「より増大するホロンの順序(ホロン階層、ホラーキー)」であり、『全体性と統合性の力の増大』を示している・・・。
いわば、『階層性という概念』は、現代におけるシステム理論、全体性理論(ホーリズム)の中核をなすもので、『永遠の哲学』において常にすでに、決定的に重要な中心概念をなしてきたのである ‼
そして『存在の大いなる連鎖』を構成するそれぞれの階層の輪は、より増大し、拡大する『自己同一性(アイデンティティ)』を示しており、それは、「身体という孤立したアイデンティティ」から始まって、「社会・共同体的(文化的)な心のアイデンティティ」、さらに「大いなるスピリットとの至高のアイデンティティ」へと、文字通り『すべての顕現とのアイデンティティ』へと進むことを示唆している・・・。
よって、(人間の)意識の進化、ないし展開の本質への理解がないままで、発達・成長・変容、あるいは発展のプロセスを理解しようという試みは、ほとんどと言って成功の見込みはないとの見解を強調する ‼
しかしながら、『永遠の哲学』は思想史上重要なキーワードの一つではあるが、時代により少しずつ異なった文脈で使用されてきたことが伺える・・・。
『永遠の哲学』と呼ばれるこの語は、16世紀(1540年)にアゴスティノ・ステウコーが著書『De perenni philosophia libri X』で初めて使用され、「あらゆる民族と文化に共通の真理」であるとされる思想であった。
17世紀には、ゴットフリート・ライプニッツが「すべての宗教の基礎となる思想」を示すのにこの言葉を用い、20世紀においてオルダス・ハクスリーは、『永遠の哲学(The Perennial Philosophy)』を出版し有名にした。
ハクスリーは『永遠の哲学』を以下のようにまとめている・・・。
1.物質、生命、心の世界の実体を成す神的リアリティを認識する形而上学
2.神的実在に類似する、もしくは同一の何かを人間のなかに見出す心理学
3.あらゆる存在に超越すると同時に内在している根拠を知ることを究極目的とする倫理学
ハクスリーが主張する『永遠の哲学』においては、古今東西で様々に異なる文化と時代に生きた人々は「現実、自己、世界、存在の本質に関して共通する知覚を記録している」という。
さらにこの知覚は「あらゆる宗教の共通の基盤を形成する」という・・・。
其の上で、「物理的世界は唯一の現実ではなく、それを超越した現実が存在している」と述べ、「物質界は感覚を超えた現実の影」であり、「人間は現実の2つの側面を反映している」とし、人間の物質的側面は「生成消滅という自然の法則の支配下」にあるが、人間のもう一方の側面である「魂と叡智」は、それを超えた「究極の現実(リアリティ)」に通じており、「人間には究極的なリアリティを認識する能力が備わっている」と結論づける。
よって宗教は、人間をこの「究極的リアリティ」と結びつけ、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などでは「神こそがこの究極的リアリティ」であり、仏教や道教などの無神論的宗教でも「空や無が究極的リアリティ」とされると主張した ‼
このように、時代により少しずつ異なった文脈で使用されてきたことが明確に伺える、20世紀におけるオルダス・ハクスレーの『永遠の哲学(The Perennial Philosophy)』(1946年出版)では、「キリスト教の聖人の言葉」、「ヒンドゥー教の聖典」、「仏陀や高僧の言葉」、「老荘の文献に共通する精神的な救済と慈愛・平和をもたらす、いつになっても必要とされ色あせない思想」をあらわす語となっている。
またハクスレーは、第二次世界大戦で疲弊した国際社会へのメッセージという性格をももつこの本の冒頭で、「永遠の哲学は、ゴットフリート・ライプニッツによって使われ始めたフレーズだ」と述べている ‼
確かにライプニッツは、1714年のニコラ・レモン宛書簡で次のように書いている・・・。
「真理はひとが思うより広まっています。しかし、粉飾されていたり、また、はっきりしなかったり、微かになったり、削られていたりすることが非常に多いです。付け加えによってゆがめられ、真理がそこなわれたり、あまり有用でなくなっていることもあります。古代人たち、あるいは(もっと一般的に言って)先人たちにおけるこの真理の跡を見出すなら、泥から黄金を、鉱石からダイヤモンドを、闇から光を取り出すことになります。それこそ『永遠の哲学』というものなのです。」
実際ライプニッツは、ここでいう『永遠の哲学』を実践していた・・・。
つまり彼は、プラトンの「宇宙創造論・魂の不死論」や、アリストテレスの「一と存在について」の考察などを自らの哲学に活かすのみならず、「古代中国の哲学」にも関心をもち、そこに「17世紀にも通用する真理」を見出していたのである。
例えばライプニッツは、古代中国の文化英雄とされる伏羲(ふつき)が古代ユダヤ人を教導したことさえ示唆している。しかしステウコは、時代的な制約から中国古典に目を通す機会がなく、中国哲学に『永遠の哲学』が含まれているか否かを論じることができなかった・・・。
後にイエズス会の宣教師たちが明や清にわたってヨーロッパ人に中国思想を紹介し、これを受けてライプニッツなどは中国哲学を『永遠の哲学』の理念に照らして吟味することができたのである ‼
ただ、ライプニッツ以前にも『永遠の哲学』という表現は使用されており、この点でハクスレーは正しくない ‼
具体的には、C.B. シュミットが記しているように、アゴスティノ・ステウコ(1497-1548)がライプニッツ以前にこの語を使い、彼に影響を与えたということになる。実際、ステウコは『永遠の哲学について(De perenni philosophia libri X)』で、「地域・時代に左右されない哲学(特に神学・宗教哲学)」があり、それは様々な文献に反映されているに違いないと論じている。
確かに、『永遠の哲学』は語義からして、15世紀以前にもあるだろうし、そもそも時間的起源をもたないとさえいえる。ただ、実質的には永遠である(かもしれない)内容に、新たな名が与えられ、自覚的にそれが探求されたという点に着目するならば、ステウコの著作はそうした自覚的探求の嚆矢といえるだろう・・・。
西洋の思想史的には、『永遠の哲学とその概念形成』を明らかにしようとするのであれば、ステウコについての考察は欠かせないと思われる ‼
いみじくも、19世紀に「様々な唯物論的な還元主義(それは科学的な唯物論から行動主義、実証主義に至っていた)」によって一時的に脱線させられた『存在の大いなる連鎖(存在の大いなるホロン階層)』、つまり、西洋における『永遠の哲学と呼ばれている世界観』は、時代と文化を越え、アゴスティノ・ステウコーの「あらゆる民族と文化に共通する真理」から、ゴットフリート・ライプニッツの「すべての宗教の基礎となる思想」、そしてオルダス・ハクスリーが主張した、「人間には究極的なリアリティを認識する能力が備わっている」とされる『西洋的思想』は、20世紀において驚くべき復帰を遂げた ‼
それらは、ルパート・シェルドレイクの「形態生成場の階層」からカール・ポパーの「創発する特性の階層」、バーチとコッブの「階層的な価値を基礎にしたリアリティの生態学的モデル」、フランシスコ・ヴァレラの画期的な業績「自己生成システム(オートポイエティック)」、ロジャー・スペリー、エックルス、ペンフィールドによる「非還元的な創発因子の段階」などの脳の研究、ユルゲン・ハーバーマスの「社会批判理論(コミュニケーション能力の階層性)」に至るまでのほんの一例を挙げても、『存在の大いなる連鎖』が復帰したことが伺える・・・。
そして現在、『永遠の哲学』は「進化的なホロン階層の理論(場の中に場があり、それが無限に続く発達と自己組織化の全体論的な研究)」として再び多くの科学、行動理論の主要なテーマとなった ‼
さらに『大いなる連鎖の現代版(進化論的ホロン階層)とその自己組織化の原則』は、新しい洞察を付け加えながら、「大いなる連鎖の進化的な展開」に進んでいる・・・。
このことに誰も気が付いていないように見えるのは、それが様々に異なった名前で呼ばれているからであるが、しかし、いずれにしても、気が付いていようといまいと、それは進行している ‼
しかしながら21世紀の今、『永遠の哲学の復帰には、たった一つ、なすべきことが残されている』と訴える・・・。
物理学から心理学、そして社会学に至る現代思想において重要なたった一つの「統合的なパラダイム」とは、『進化的なホロン階層』である ‼
しかし、こうした正統的な学派は、『物質・身体・心の存在しか認めていない』と指摘する・・・。
つまり、『存在の大いなる連鎖』の内、「魂やスピリット(霊性、精神)などの高次の次元」は、同じ地位を与えられてはいない。それは、「存在の大いなるホロン階層の五分の三しか認めていない」と言えるのである ‼
したがって、なすべきことは「このホロン階層に残りの二つを導入すること」であり、『存在の大いなる連鎖』のすべてのレベル、すべての次元を認め、かつ敬意を払うこと・・・。
つまり、「物質と感覚の世界を開示する肉体の眼」、「言語と象徴の世界を開示する心の眼」、さらに「魂とスピリットの世界を開示する観想の眼」の『すべてに対応する知のモードを同時に認めることである』と指摘する。
よって、最後になすべきことは、『観想の眼を導入することなのである』と提唱するのである ‼
私たちは今こそ、『観想の眼』が、科学的で反復的な方法論によって、「魂とスピリットを開示する」のを認める時を向えた・・・。
このドラマティックで前例を見ない『統合的な未来展望(インテグラル・ヴィジョン)』は、人間の意識と行動の包括的な探究における「多次元的(統合的)なアプローチの重要性」を強調することになる ‼
『統合的なアプローチ』とは、「古代の叡智と現代の知識を結び付けること」、「先駆的で本質的な洞察に敬意を払い、包含するとともに、かつて無かった新しい方法論と技術論を付け加えようとするもの」である。
これこそが、様々な文化的な相違を尊重しつつ、普遍的な文脈に置き直すという意味で、最良の、そして真の意味での「多元文化主義」である。
『インテグラル・ヴィジョン』では、「インテグラル・パラダイム(メタ・パラダイム)」となる『統合的な指示』に基づく「インテグラル・アプローチ」、つまり『統合的な実践』を要求する ‼
それは循環的に理解され完結するものになるだろう・・・。
あえて言えば『最終的な帰郷』、すなわち「現代人の魂とスピリットを本来の人間性の魂とスピリットに再び織り込む」ことであり、これが『多元文化主義(マルチ・カルチュラリズム)』の本当の意味でもある ‼
この精緻で例えようもなくスケールの大きな「統合的なヴィジョン」は、現代における最も包括的な哲学思想家『ケン・ウィルバー』によって、今から遡ること約20年前に提示されるまで、誰も完全には把握していなかったものである・・・。
確かに、彼のずば抜けたヴィジョンが持つ、「包括的で統合的な理論」を理解する鍵となる著書『進化の構造(1996年)』、その中でウィルバーが展開している『統合的理論』は、知的な思想レベルで言えば、私たちに希望を与える唯一の『世界哲学』であると言って過言ではない ‼
簡単に言えば、「哲学は合理性の範囲内では、やるべきことをすべてやり尽してしまった」のである・・・。
つまりは、知的言語、あるいは論理ないし知的レベルで考えている限り、私たちはけっして『自我と合理性の外(相対的の二元性の世界、「肉体の眼」及び「心の眼」の世界の外)』に出ることはできない ‼
また、彼のずば抜けた仕事を簡単に言えば、『様々な知の領域の真理性の主張/ウィルバーの四象限理論(それぞれの知の領域で何が真理とされているのか、ということ)、言い換えれば、それぞれの知の領域において人間のために提供されたすべての真理を統合し、一貫性のあるヴィジョンに織り上げた』のだが、その領域は一例を挙げても、おおよそ「一人の人間としての知的作業・能力の幅をはるかに超える領域を網羅(カバー)」していると言える・・・。
そこには、物理学から生物学、環境科学、カオス理論とシステム科学、医学、神経生理学、生化学、アート、詩、美学一般、フロイトからユング、ピアジェに至る発達心理学と心理療法のスペクトル、西洋のプラトン、プロティノスから東洋のシャンカラとナーガールジュナに至る「存在の偉大な連鎖」の思想家、デカルトからロック、カントに至る近代哲学者、シェリングからヘーゲルに至る観念論者、フーコーとデリダから、チャールズ・テイラー、ハーバーマスに至るポストモダニスト、ディルタイからハイデッガー、ガダマーに至る主要な解釈学派、コント、マルクスからパーソンズ、ルーマンに至る社会システム理論家、世界宗教の東西にわたる偉大な瞑想的伝統の中に至る神秘・観想学派など、途方もない領域なのである・・・。
そして、どのような領域を探究するに当たっても、そこにはウィルバーが『ある一定の抽象レベルからその領域を見ている』ことが伺える。そのレベルに達すれば、様々に対立するアプローチが実際は合意していることが見て取れるのである ‼
彼の主張は明快である・・・。
「どんな人間の考えも100パーセント、間違っているとは考えられない。どの方法が正しく、どれが間違っているとするよりも、どれもが正しいが部分的なのだと仮定する。そして、このような部分的な真実のどれか一つを取り上げて、他を捨て去るのではなく、どのようにそれを組み合わせることができるのか、どのように統合できるのかを考える。」
同時に彼は付け加える・・・。
「あまり大げさにとる必要はない。これは単に志向的な一般化にすぎない。細かい点はすべて読者が埋めるのに残されている。」
簡単に言えば、ウィルバーは概念的な拘束衣を提供しているのではない。まったく逆なのである ‼
「私は、コスモスにはあなたが考えるよりずっと広く自由な場所があることを示したい。」と述べている。
そして彼は美しい一編の詩を紡ぐ・・・。
『スピリットの眼において、私たちは出会う。私はあなたを見つける。そして、あなたは私を。奇跡とは、私たちがお互いを見つけ出したことである。この真実こそ、疑いもなく、まさにスピリットが絶えざる存在であることの最も単純な証拠なのである。』
スピリットはたった今、この文を読んでいる、まさにあなた自身なのである ‼
つまりウィルバーは現在、力強い蘇りを見せている『非 ― 二元性(ノン ― デュアル)』を、ある種「スートラ」の形で説いている。
「非 ― 二元」とは、世界の叡智の伝統である「永遠の哲学」の核心にある教えであり、『秘教(タントラ)』である。それがどんなものであるかを言葉で言うとパラドックスをきたすため、ウィルバーのように「指示」の形で示さざるを得ない・・・。
この伝統は20世紀において、ラマナ・マハリシ、ニサルガダッタ・マハラジ、鈴木大拙、エックハルト・トーレによって力強く蘇った ‼
上記の四名について、ウィルバーも高く評価しており、ウィルバーの名も勿論、ここに加えられるだろう・・・。
【参照2】現代の西洋文化における『統合的な成長』と『スピリチュアルの再構築』
そして現在、ウィルバーをはじめ多くの宗教的伝統にかかわる「スピリチュアル・リーダー」や「サイコスピリチュアル(心理的・霊的)なプラクティス(修行・実践)」の研究者や専門家、及び探究者(教師・指導者・実践者)たちの間では、人間は『統合的な成長』が重要だという共通の認識が芽生えている・・・。
『統合的な成長』とは、身体、本能、ハート、マインド、意識という人間のすべての次元が、人間の多次元的な生成に対し、同等の立場で協同して『共創造的に参与する発達プロセス』である ‼
こうした共通認識が生まれている背景には、「偏った発達は多くの弊害を生みだす」という自覚がある・・・。
この弊害に関して、ほんの数例をあげておくと、スピリチュアルなバイパス(迂回)の問題( Welwood, 2000)、スピリチュアルな物質主義とナルシシズム(Caplan, 1999;Lesser, 1999)、攻撃的なスピリチュアリティとスピリチュアルな防衛の問題(Battista, 1996)、グル弟子関係における倫理的およびサイコセクシャルな問題(Butler, 1990;Kornfield, 1975;Kripal, 1999)、スピリチュアルな体験を統合することの難しさ(Bragdon, 1990;Grof & Grof, 1989)、そして、身体から生命力を奪うこと、および原初的な性エネルギーの抑制(Romero & Albareda, 2001)などがある。
つまり『統合的な成長』とは、人間のすべての次元(身体・本能・性・ハート・マインド・意識)を統合し、『完全に身体化されたスピリチュアルな生(統合されたスピリチュアルな生)』へと発達してゆくプロセスを意味する・・・。
心身の統合にしっかりと根ざした、『統合されたスピリチュアルな生』という考え方は、世界の宗教的文献のなかにも見られる。
たとえば、「シュリ・オーロビンド」のいう『綜合ヨーガ』や、「キリスト教」でいわれる『受肉という現象』などである・・・。
しかしながら、現代の西洋文化のなかには、人間の生のなかでこの潜在的可能性を実現させるための効果的な実践を探究し、発達させようという試みは、多くは存在していない。 もっとはっきりと言えば、身体や、本能、性、感情の世界の成熟については、さしたる関心が向けられていないのだ ‼
そして現在、『自己の心身(肉体と意識)両面の統合』にしっかりと根ざした実践の提案が示されている・・・。
それらの『統合されたスピリチュアルな生』とは、偏った発達のもたらす緊張や矛盾から解放されるだけでなく、人間のすべての属性の成熟と統合に基礎を置こうとする『スピリチュアルの再構築』とも捉えられる ‼
おそらく、この可能性は、多くの宗教的伝統に対して現在すすめられている見直しの作業とつながっている・・・。
たとえば、マシュー・フォックス(Fox, 1988)の「キリスト教にとってのクリエーション・スピリチュアリティ」、マイケル・ラーナー(Lerner, 1994, 2000)の「ユダヤ教の再生と解放のスピリチュアリティ」、ドナルド・ロスバーグ(Rothberg, 1998)の「社会にかかわる仏教」などの見解がある。
これらの人をふくむ多くのスピリチュアル・リーダーや著者たちは、自分たちの伝統の再構築を提案し、そのなかで、これまで抑制され、抑圧され、禁じられてさえきた『人間の諸次元(たとえば、女性と女性的価値の役割、身体の承認、官能的な欲求、親密な関係性、性の多様性など)』を統合しようとしている・・・。
『統合されたスピリチュアルな生』を原初的な潜在力や本能的生に根づかせることの重要性は、マイケル・ウォシュバーン(Washburn, 1995)の「トランスパーソナルな発達の螺旋モデル」においても、またハリダス・チョードリィ(Chaudhuri)による「シュリ・オーロビンドの統合ヨーガの再考」においても、中心的な意味をもっている(Shirazi, 2001)。
そのような『スピリチュアルの再構築』に対する試みおいて、サイコスピリチュアルな修練だけでなく、身体的な実践を含む『統合的・変容的な実践(ITP/integral transformative practice/インテグラル・トランスフォーマティブ・プラクティス)以下ITPと略』への現代の提案には、主に3つある。(Murphy, 1993;Leonard & Murphy, 1995;Wilber, 2000a, 2000b)
これらは重なる点も多いのだが、彼らの提案のなかには、サイコスピリチュアルな修練だけでなく、身体的な実践もふくまれている・・・。
現代のさまざまな『ITPプログラム』は、西洋と東洋の伝統や流派から取り入れられた技法や実践を組み合わせて成り立っている。
そして、『ITPの方法』を提示するうえで、「マイケル・マーフィー」と「ケン・ウィルバー」はすぐれた貢献をなしてきた ‼
その『ITPプログラム』の第一の提案は、「マイケル・マーフィー」のものである・・・。
彼は「シュリ・オーロビンド」のいう『統合的ヴィジョンとヨーガの綜合』という点に触発され、「リチャード・プライス」とともに、1962年にエサレン研究所を設立し、エサレンでは『全人的成長をうながすこと』を目的とした。
厳密な調査のもとに書かれた『身体の未来』(The Future of the Body)のなかで、マーフィー(Murphy,1993)は、ITPが人類の進化にとっていかに重要かという点について説得力のある議論をしているだけでなく、ITPの基本原理や潜在的な利点について、かつてない広範な議論を展開している ‼
そしてマーフィーは、伝統的な『トランスフォーマティブ・プラクティス(変容のための修行)』に見られる「4つの欠点」をあげている・・・。
すなわち、「①個人の習性が強化される」こと、「②限定的な信念が永続化される」こと、「③バランスのよい成長が阻止される」こと、「④特定の経験にのみ焦点があてられる」ことである ‼
そのうえでマーフィーは、より統合的な発達を促進するために使うことのできる「エクササイズ、技法、プラクティス」の『幅広い一覧』をつくりだしている・・・。
そのいくつかをあげておくと、『身体的な自覚と自己統制』のための、センサリー・アウェアネスやフェルデンクライス・メソッド。『生命力を活性化』するための、深部サイコセラピー、アスレチック・トレーニング、および身体的な修行。『愛を育む』ための、共感的なヴィジュアライゼーション(観想イメージ法)、相互的自己開示、自己吟味。『精神的認知』のための、サイコセラピー、哲学的内省、哲学研究、神話、アート・ワーク、宗教的シンボル。『個性化と自己感覚』のための、気づきの瞑想、神秘的状態の鍛練、カルマ・ヨーガなどである。(このリストは、マーフィーが示した、人間のさまざまな属性とプラクティスの代表的な一部の例にすぎない。この範囲がどの程度まで広がるのかを正しく見きわめるには、彼の著書を読むことをおすすめする。)
つぎにマーフィーは、統合的な発達には欠かせないと考えられる『5つの相互に関連する徳と特性』。すなわち、「正直、創造力、勇気、バランス、回復力」について述べている・・・。
そのなかでマーフィーは、「いかなる徳や能力であれ、それを育めば、ひとつ以上の創造的な属性を育むことになる。」(p.579)ということを強調している ‼
最後に彼は、色々と重要な指摘がある中で「これらのプラクティスは実践者一人ひとりの独自な性向に合致しなければならない。」ということを強く主張し、それゆえ「誰にでも普遍的に適用でき、厳密に選びぬかれた技法をそなえた唯一の(正しい)インテグラル・プラクティスなどというものは存在しない。」(p.579)と述べている。
『われらに与えられたる生』(The Life We Are Given)のなかで、マーフィーは「ジョージ・レオナード」の『ヒューマン・ポテンシャル・ムーブメント』のもう一人のパイオニアと一緒にITPを定義して(Leonard & Murphy, 1995)、「ITPとは、個人およびグループの身体、マインド、ハート、魂のなかにポジティブな変化を生みだす、複合的で一貫性のある一連の活動のことである。」(p.12)と述べる ‼
レオナードとマーフィーの考案したITPは、以下の活動を組み合わせたものである・・・。
すなわち、エアロビクス、低動物性脂肪の食事、メンターとコミュニティのサポート、ポジティブなアファーメーション(肯定的な内的宣言)、そしてもっとも重要なものとして『ITPカタ(ITP Kata)』と呼ばれるエクササイズを定期的におこなうことがある。
この『ITPカタ』は、ハタ・ヨーガ、武術、現代の身体エクササイズなどを取り入れ、バランシングとセンタリングのムーブメントからはじまる。つぎに、変容をうながすイメージをおこなう(これは、身体の健康、ハートを開くこと、創造性など、各実践者が自分で選んだ資質を高めるためにイメージ力を意図的に用いることである)。
そして最後に瞑想の時間がとられ、自己観察と観想的な祈りが組み合わされる。『ITPカタ』は40分ほどで完了するものだが、個人のニーズや希望によって時間を伸ばしてもよい。
レオナードとマーフィーの『ITPプログラム』は、ギリシアの原則である「アンタコロウシア」( antakolouthia)すなわち「徳の相互含有」をふくんでいる・・・。
その原則によれば、身体、感情、精神など、どんなレベルにおいても、あるスキルを磨いていくことは、他のレベルにもよい影響をおよぼすのである。
このようなトレーニングの領域横断的な相乗効果(シナジー)は、ITPの中心的な原則のひとつであり、人間のすべての次元に相互依存の関係があるため、精神や感情や身体の各レベルのプラクティスは有機体全体にインパクトをおよぼすと考えられる。
マーフィーによれば、ITPの究極的目標は「統合的な変容」あるいは「統合的な悟り」(integral enlightenment) である。すなわち「私たちのすべての属性、すべての多様な能力、そして潜在的な神性が、すべての部分のなかで花開くこと」(Cohen, 1999, p.90)である ‼
さらに最近では、「ケン・ウィルバー」(Wilber, 2000a, 2000b, 2001)も『ITP』について考察をしている・・・。
ウィルバーは、「ハワード・ガードナー」(Gardner, 1983/1993)の『多重知能の理論』を引きあいにだして、さまざまな「発達のライン(認知、道徳性、情緒、セクシュアリティ、自己同一性など)」は、比較的に自律的なものであると指摘する ‼
その意味は、『人によって、あるラインは非常に発達し、別のラインはあまり発達していない』ということである・・・。
この研究にしたがえば、「ある人は、認知のようなある発達ラインでは比較的高いレベルに、道徳性のような他のラインでは中程度のレベルに、スピリチュアリティのような他のラインではいまだ低いレベルにいることがある。」(2001, p.259)と彼は述べている。
ウィルバー(Wilber, 2000a, 2000b)はITPという呼び方を、「レオナードとマーフィーの統合的なプログラム」に対してだけでなく、人間のすべての次元を開発するものであれば、「どんなプラクティス」に対しても用いている。また、ウィルバーは、これらのプラクティスの成果は、『絶対的な悟りの達成』などと混同されるべきではないと付け加えている ‼
興味深いことに、ウィルバーはITPを、彼が人間の生の究極的な目標と考える「非二元的な悟り」や「ワン・テイスト」(One Taste)へ至るための『促進要因』とみなしている・・・。
ウィルバー(Wilber, 2000b)は、リチャード・ベーカー老師の口調を借りて、「悟りは偶然の出来事であり、これらのプラクティスが悟りを引き起こすことはできないが、悟りへと至りやすくすることはできる。」と述べている。
また、「ITPの背後にある考えはシンプルである。すなわち、より偶発的な状態に開かれようとするなかで、人間の心身のより多くの次元がはたらき、神聖なものが浸透しやすくなり、それゆえ人は偶発的な悟りを得やすくなるのである。」(p.39)とも述べている。
ウィルバー(Wilber, 2000b)は、「人間の基本的な次元をはたらかせるプラクティス」について、まず『6つの柱』を描き、彼自身の一覧を提示しいている・・・。
それらは、「①身体」、「②感情と性(プラーナや気)」、「③精神もしくは心理」、「④観想もしくは瞑想」、「⑤コミュニティ」、そして「⑥自然」である ‼
つぎに彼は、それぞれの次元を訓練するさまざまなプラクティスを示している・・・。
身体の次元に対しては、エアロビクス、ウェイト・リフティング、健康的な食事。プラーナに対しては、ヨーガ、気功、太極拳。心理的次元に対しては、心理療法、イメージ法、アファーメーション。観想的次元に対しては、坐禅、ヴィパッサナー、センタリングを導く祈り。コミュニティの次元に対しては、地域サービス、思いやりのあるケア、他者への積極的関与。自然の次元に対しては、リサイクル、ハイキング、自然の祭りである。
ウィルバー(Wilber, 2000b)は、「ITPの考えはシンプルである。6つの柱のそれぞれから、少なくとも一つのプラクティスを選び、それらを同時におこなうのである。多くの次元でプラクティスをおこなうほど、それらはますます効果的になり、偶発性に開かれた一つの大きな魂になる。」(p.39)と述べている ‼
最後にウィルバー(Wilber, 2000b)は適切にも、読者に対して以下のように警告している・・・。
すなわち、「ITPは、エゴの支配をもたらす自己愛的なゲームに陥るだけでなく、プラクティスを取りあげて選ぶという点は、私たちの文化に非常に広まっているスピリチュアルなカフェテリアへと簡単に堕落してしまうおそれがある。」(p.126)と。
要約すると、『現代のITPプログラム』は、今日の西洋社会のなかで利用できる多くの身体的、心理的、そしてスピリチュアルな訓練法から選びだされた「プラクティスや技法の折衷」によって成り立っている。これらのプログラムをとおして、実践者は自分たちのさまざまな特性をはたらかせるために、『自分用に個別化された統合的なトレーニング』を考案する・・・。
つまり、代表的な提案者たちによれば、ITPは究極的に「統合的な悟り(マーフィー)」をもたらしたり、「非二元的なワン・テイスト(ウィルバー)」の出現を最大限うながしたりするのである ‼
【参照3】伝統的宗教の見直しと現代のITPに含まれた『落とし穴(盲点)』
しかしながら、それら伝統的宗教の見直しと現代のITPに代表されるマイケル・マーフィーやケン・ウィルバーらの諸提案には、潜在的に含まれた『落とし穴(盲点)』が影を落としている(彼らも気付いている)・・・。
さらにここでは、現代の西洋社会のなかで統合的な生を発展させていこうとする試みそのもののなかに、『もっと微妙で、潜在的にはもっと有害な落とし穴がふくまれている』ということを指摘したい ‼
言わば現代の西洋では、「サイコスピリチュアル(心理的・霊的)なプラクティス(修行、実践)」はほとんどの場合、『マインド(精神)の成長』を重視し、『人間の生命体験の原初的世界である身体的および本能的側面』を軽んじる傾向にある。(それらは後ほど述べるように、『老子』の説く「道」に精通する『 *注2 生得の力』=『生命の「鏡」の体験とも言える「生命体験」にもとづいた悟りと観照』などをはじめ、既に述べたように、西洋と東洋ならぬ「コンテクスト」の差異、特に西洋的なものとしての東洋の哲学・思想の解釈に、誤解・誤読と思い込みが多く観られることの決定的な論証を示している。)そのため、好ましくない症状もさまざまに生じている・・・。
つまり、彼らの示した処方箋でさえ、現代の特徴である『マインド中心の成長モデル』を脱してはいない ‼
彼らの処方箋では、すでにあるプラクティスを各人のマインドが選びとり、それにコミットすることを求めているからである・・・。
手短に言えば、『ITPプログラム』は、人間のすべての次元の内の「精神的(メンタル)」な面が考案した統合訓練になってしまうのである。
つまり、実践者のマインドが、自分の身体、本能、性(セクシュアリティ)、感性(ハート)、そして意識を発達させるのに一番つごうのよいと思えるプラクティスや技法を一方的に決定してしまうのである ‼
結局のところ『現代西洋の教育』は、ほとんど排他的とまで言えるほどに「合理的なマインドとその認知機能の発達」にのみ焦点をあわせており、「人間のその他の次元の成熟」にはほとんど注意が向けられていない。その結果、私たちの文化では大部分の人たちが、大人になるころにはかなり成熟した精神的機能をもっているものの、『非言語的な世界』である「身体、本能、性、そしてある種の感情的世界」はほとんど発達しないままになっているのである ‼
西洋の生活様式にみられる極端な『*4 認知中心主義』を考えれば、統合的成長が精神面によってのみ方向づけられるということは、ほとんど避けがたいことのようにみえる・・・。
*4 認知中心主義:
「認知中心主義」という言葉を用いるとき、それは現代の西洋世界のなかで、合理的で分析的なマインド(およびそれに結びついた道具的理性とアリストテレス的論理)が他の知の様式に対して有している特権的な地位のことを指している。ここで他の様式というのは、身体的、性・生命的、感情的、美的、想像的、ヴィジョン的、直観的、観想的な知のことである。それゆえ、マインド以外の次元が「認知的」でないと言っているのではない。すなわち、これらの次元が知識をとらえたり、その形成に創造的に参与したりできないと言っているのではない。
しかしながら、『認知中心主義』のいちばん悲劇的なところは、それが悪循環に陥り、それ自体を正当化してしまう点にあると考えられる・・・。
つまり、現代の教育では、身体や本能やハートが自律的に成熟するための空間がつくりだされていないので、これらの世界は、「精神に導かれたり、外側から導かれたりしなければ、進化の道に参与することができない」のである ‼
しかし問題は、それらが精神に導かれたり、外側から導かれたりしているかぎり、「人間のこれらの次元は自律的に成熟することができない」ということである・・・。
そして、精神や外部からの方向づけを求める気持ちが永続的に正当化されることになる ‼
この状況をさらに複雑にするのは、マインド中心の教育や生活が何世代もつづき、それに身体や本能、性、情熱などのコントロールや抑制がつけ加わってくると、これらの『非言語的な世界』はたんに未発達というだけでなく、「しばしば傷つき歪んだものになり、退行的傾向があらわすようになる」ということである・・・。
したがって、そのような個人がこれらの『非言語的世界』に導かれていくと、ふつう最初に出くわすのが「葛藤や恐れや混乱の層」であり、そのため、かえって、これらの世界が健全に進化するためには「精神によって制御される必要がある」という深い思い込みが永続化されることになる ‼
しかしながら、通常ここで見落とされているのは、この層の下にある『本質的な原初的知性( *注2 人間の生得の力)』である・・・。
もしそこにふれることができれば、「その葛藤の根を癒すことができるだけでなく、これらの世界の成熟と進化をその内側から促進すること」ができる ‼
そこで必要となるのは、「マインドが適していると考える発達の原則や力動にしたがうことではなく、人間のこれらの次元が、それら自身の発達の原則や力動にもとづいて癒され、成熟することのできるような空間をつくりだすこと」である・・・。
そして、私たちの「身体、本能、性、そして感情の一部」が自律的に成熟することを許されるとき、それらははじめてマインドと同じテーブルにつき、『真に統合的な発達とスピリチュアルな生を共創造』することができる ‼
発達論的に言えば、『統合』のまえに、人間のこれらの次元は『分化』されなければならないのである ‼
最近では、ケン・ウィルバーらの長年の研究と考察による『統合的な生活の実践(インテグラル・ライフ・プラクティス/integral life practice/ILP)』の提案によって、いくらかの実践における改良等が見受けられるが、広く一般的に理解され、実践され、そして現実的な私たちの世界(個人の生活、社会、政治、経済、文化、自然)に対する『ラディカル(根本的)で革命的な文化的衝撃(全人的・地球規模的変革)』には至っていない(まだまだ時間がかかる様相)・・・。
逆説的に、ウィルバーが強調するポストモダンにおける『フラットランド(平板な世界)化』は、ここに来て急激に進行している ‼
皮肉にも21世紀の今、『多様性の中の統一性の実現化』と言う実りある対話と相互作用、その『本格的な統合』に向かう過程における『本質的な分化』を前にして、その実現は遂に果たされぬまま、『永遠の哲学』として歴史の中に返されてしまいかねない『落とし穴ならぬ盲点』が見え隠れする・・・。
既に述べたように『統合的な成長』とは、身体、本能、ハート、マインド、意識という人間のすべての次元が、人間の多次元的な生成に対し、同等の立場で協同して『*5 共創造的に参与する発達プロセス』である ‼
*5 共創造的に参与する発達プロセス:
この『共創造的に参与する発達プロセス』には二つの基本的要素がふくまれると考えられる。それが『統合的プラクティス』と『統合的トレーニング』である・・・。
『統合的プラクティス』は、人間のすべての次元の自律的成熟を促進するもので、それらが独自の知性をあらわし、調和的に統合され、発達プロセスに共創造的に参与するように準備する。統合的プラクティスは、すべてのレベルにおける新しい潜在力と質と能力を「生みだし」、「引きだす」のである。
『統合的トレーニング』とは、人間のすべての次元をそれぞれの発達の原則と力動にもとづいて訓練することである。統合的トレーニングは、統合的プラクティスから生じてきた、あらゆるレベルの潜在力と質と能力を「鍛錬」して「強化」する。
『統合的プラクティス』と『統合的トレーニング』の区別は重要である・・・。
ある意味で、『現代のITPのいろいろなプログラム』は、すでにある技能の「トレーニング」や「鍛練」をより重視しているように思われ、新しい質や能力があらわれてくる条件づくりには、あまり関心が払われていない。しかし、そうした質や能力のいくつかは、その人独自のものである。トレーニングだけを頼りにしようとすることは、西洋の教育における「男性的」パラダイムと軌を一にしている。
西洋の教育というのは、「技能の習得と、精神による学習の方向づけ」に基礎を置いている。したがって、統合的成長がおもに「統合的トレーニング」に基礎を置くならば、精神が人間のその他の次元を植民地化し、統合的成長のプロセスを精神が指揮することは、ほとんど避けがたくなる。うまくいけば、「精神が構成したITPプログラム」は、個人の統合的な健康を促進するかもしれない。
この『統合的な健康』は、ふつう統合的な成長や変容と重なりあうものだが、それらと決して混同されるべきではない。精神が人間のその他の次元を管理することは、悪くすれば、それらの次元の真の声や、知性や智恵を押し殺したり、押し流したりすることになる。それは長期的にみれば、統合的な健康に対して取り返しのつかない結果をもたらしかねない。
したがって、意図的なトレーニングは大切ではあるが、基本的に重要なのは、「女性的」な空間をつくりだすことによって、それを補完することである。女性的な空間のなかでは、私たちの内にひそんでいる無限の潜在力が、身体をとおしてあらわれてくる。さらに、独自の潜在力の自然な展開や力動的発達が押し流されてしまわないように、統合的プラクティスが統合的トレーニングに先行しておこなわれる必要がある。
大半のサイコスピリチュアルなプラクティスや技法は、人間の経験と成長を特定の方向に形づくったり導いたりするという意味で、意図的なものである(たとえば、Fenton, 1995を参照)。しかしながら、たしかに多くの点で有益である反面、身体や本能や感情の諸世界が成熟するまえに意図的なプラクティスをおこなうことは、それらの次元のもっとも独自な潜在力の発現を妨げるだけでなく、多くの傷や葛藤をそのまま放置することになってしまうかもしれないのである。
そこで、『統合的トレーニングのプログラム』が計画されるまえに、身体や本能や感情の諸世界は、それら自身の発達原則にしたがって、『癒しと発芽と成熟のプロセス『に入る必要がある。そうでなければ、長い目で見たとき、「統合的プログラム」は、生命力を欠き、停滞し、葛藤をふくみ、『真の創造性を欠いたサイコスピリチュアルな生』を導いてしまうことにもなる。
一例をあげて、ここで示そうとしている区別を明らかにしてみたい・・・。
ハタ・ヨーガからエアロビクス、ウェイト・リフティングにいたるまで、身体の開発を目的とするプラクティスや技法が数多く存在する。明らかに、これらのプラクティスは価値のあるものとなりえるし、発達の節目にある多くの人たちの健康や成長を効果的に促進することができる。しかしながら、これらの技法をとおしてのみ身体を開発していくなら、それらがマインドによって選ばれたり、外的基準(たとえば、身体の位置、姿勢、動き、外観など)によって規定されていると、身体の自律的な知性の発現が阻止されてしまうおそれがある。言いかえると、これらのプラクティスは、身体の最適な発達にとっていっそう自然で、生命力にみちた位置や動きや姿勢を、身体そのものが生みだしていくことを妨げてしまうかもしれないのである。
たとえば、筋肉が衰えている場合におこなうには適切とされているものの、ウェイト・リフティングは、身体のプライドを高め、エネルギーの鎧をつくりだしてしまい、その鎧のために、「身体が生命エネルギーと意識エネルギーの両方の流れにふれることを妨げてしまう」のである。真の身体的成長を促進するためには、身体にふれ、その時々の状態や欲求を知り、それ自身のプラクティスや能力が生まれるための空間をつくること。いわば、『それ自身のヨーガを考案すること』が決定的に重要である。
ソバツスキー(Sovatsky, 1994)がヨーガを「性愛のアート」(ars erotica)として解釈しているように、ヨーガの姿勢(アーサナ)は最初まず、身体とその生命エネルギーのなかから自然にあらわれでたものである。ソバツスキーは「内的な知に導かれて、プラーナは、身体が必要とするまさにそのとおりに身体を動かす」(p.96)と述べている。興味深いことに、ソバツスキー(Sovatsky, 1994)は、いくつかのヨーガのテキストで、840,000ものヨーガの姿勢が記されていると報告している。実際、レオナードとマーフィー(Leonard & Murphy, 1995)は「身体のなか、つまり脈動、呼吸のリズム、関節の曲げ伸ばしのなかには深遠な叡知がある」(p.145)と強調している。
そしてさらに、以下の点を付け加えたい・・・。
すなわち、身体が生命エネルギーと意識エネルギーに開かれるとき、身体はそれ自身のリズム、習性、姿勢、動き、そしてカリスマ的な儀礼を見いだすことができるのである。要約すると、このプロセスは、4つの大まかな連続した段階として描かれる。すなわち、「①身体の現在の状態とつながること」、「②その欲求、声、創造的な衝動へ耳を傾けること」、「③欲求や声や創造的な衝動に応えるプラクティスを発展させたり選択したりすることをとおして、身体の癒しや成熟をうながすこと」、「④身体発達のダイナミックスにしたがって、発生してきたスキルや能力をトレーニングすること」である。
人間のそのほかの次元の発達に対しても、それぞれの特徴に応じたちがいはあるにせよ、同じことが言える・・・。
ここで二つの重要な点は、第一に、このアプローチを、自我的なマインドがプロセスをコントロールする自己中心的な統合的プラクティスからはっきりと区別する必要がある。それとは対照的に、このアプローチは、マインドに対し、その自我的なコントロールを謙虚に手放してもらうように要求する。そのためには、まずマインドに他の次元の成熟の手助けをしてもらい、つぎに、マインドがみずからを開いて他の次元から学べるようにする。マインドがそのプライドを手放したとき、正確なプラクティスが徐々に内側から出現してくる。
第二に、言うまでもなく、この統合的なアプローチは、既存のプラクティスを役立たずで、時代遅れのものにしてしまうわけではない。それどころか、ひとたび身体、本能、ハートが成熟し、それらと通じ合えるようになると、それらは既に確立された修練の方法を用いるように、ほぼ確実に求めてくるのである。伝統的にこれらの次元の開発は、例外的に優れた人たちによって考案された外的な基準に依っていた(そして、しばしば何世代にもわたって精練されてきた)のであるが、いまや多くの人たちが、自分の統合的な成長に対し、より創造的に関与していく用意ができているということである。
いずれにせよ出発点となるのは、精神が何らかのプラクティスを、身体や、セクシュアリティ、ハート、意識に押しつけるということではない。なぜなら、マインドは、そのプラクティスが最高で、もっとも有益であるという考えを、何らかの仕方で採用しているにすぎないからである。しかしながら『創造性を宿した生』は、私たちのなかに存在している。それは知性をもった生命のダイナミズムであり、私たちが完全な人間になる過程にひそみ、その内部から出現し、全体を調和的にとりまとめるものである(Heron, 1998を参照)。
この節を終えるにあたり、統合的な成長について『3つの相互に関連する指導原則』をあげておく・・・。
(1)『統合的な成長』は人間のすべての次元によって共創造される。統合的な成長の真のプロセスは、マインドだけで方向づけられることはなく、身体、本能、ハート、マインド、意識という、人間のすべての次元の協同的参与と創造的な力から生じる。
(2)『統合的な成長』はもっとも生命的な潜在力に根ざし、そのなかから展開する。人間のさまざまな次元が成熟し、発達の道に共創造的に参与するとき、統合的な成長は有機的に内側から展開する。私たちのもっとも独自な潜在力に根ざした真に統合的な成長は、他者によってすでに歩まれた道をたどることはめったにない。また、外的基準によって方向づけられることもない。外側からもたらされた道標は、旅の分岐点で重要な参考になるかもしれないが、私たちのもっとも独自な資質の発現へと向かう道筋は、外側から方向づけられない。
(3)『統合的な成長』は女性性と男性性のバランスを保つ。統合的な成長は、技能の「エクササイズ」や「トレーニング」といった男性的な要素を、内側から新しい資質や能力を「生みだす」女性的な要素と結びつける。成長のプロセスを、個人のもっとも生命的な潜在力のなかにうまく根づくようにするには、女性性の次元が男性性の次元に先行して生じる必要がある。
また、ライプニッツがニコラ・レモン宛書簡で述べたように、太古の時代から現代に至る人類が生み出してきた『叡智と進化(変容へのアプローチ)の物語』には、それらすべてが内包する、それぞれの「価値と限界」、「真実と盲点」が潜んでいる・・・。
尚且つ、洋の東西における「世界の見方、考え方、表現の仕方」には、その前提としてそれぞれの基本的な歴史や文化の違いによる『発達と成長の相違」、すなわち、『メタ・パラダイムの形成において、文化的・社会的な *6 コンテクストとリテラシー』の違いによるところが大きく関わっている ‼
*6 コンテクストとリテラシー:
思いは伝わらなくては意味がないし、価値も生じない。主義・思想・哲学・イデオロギーなど、読者に伝えるべきは「テーマ性」などではない。ひとりよがりな思いだけが先だったコミュニケーションは、たいてい全体主義的「ファシズム」になる。どんな御大層な思想も、伝えられなければ価値はなく、思いは他者に伝わってこそ、はじめて意味あるものになる・・・。
書き手が伝えるべきは、「テーマ」ではなく、『コンテクスト』である ‼
『コンテクスト』とは、文脈や背景、前後関係のことを指す。日本人は、行間を読むのがうまいと言われるが、それは、日本文化がコンテクストを理解する能力がないと生きていけないことの裏返しでもある。
『リテラシー』とは、英語のリテラシー(literacy)がもともとの言葉で、そもそも「読み書きができる識語」という意味である。そこから、知識を持ち合わせていること、様々な分野に関して長けている、知識があるという風に使われるようになった。
あうんの呼吸が通用する文化を『ハイ・コンテクスト(high-context)』といい、対照的にいちいち全て背景から説明しないと気がすまない文化を『ロー・コンテクスト(low-context)』という・・・。
『ハイ・コンテクストな社会』では、仲間内などの人脈が極めて重視される。会社とプライベートの区別が弱く、あまり野暮なことを聞くと嫌われてしまい、根回し力、雰囲気を察する能力、空気を読む能力が求められる。(日本、中国、中東、仏、伊、スペインなど)
『ロー・コンテクストな社会』では、言葉できちんと説明しないと気がすまない。会社とプライベートは明確に区別する。(北米、イギリス、スイス、ドイツ、北欧など)
また、日本は『ハイ・コンテクストな文化』だが一方でマニュアル大好きで、規制・許認可でがんじがらめの一面も持ち、みんなできちっと規則を定めないと、日本民族は気持ちが落ち着かない。中国も日本と同様に『ハイ・コンテクストな文化』を持つが、マニュアルは嫌いで、政府やお役人を信じない、徹底的な個人主義を貫くことから日本とは対照的である。
この世界には、一見無関係に見えるものが裏ではつながっているということがよくある。裏側も視野に入れて見ないと状況はつかめない。しかし、裏側と言っても浅い深いがあり、浅いものは対症療法と呼ばれるものに近く、深いものは東洋医学のようにホリスティックに対象をとらえる。
私は、裏にあって表側に影響を与えている深く本質的な仕組みを『コンテクスト』と呼んでおり、大きく分けて「自然的コンテクスト」、「社会的コンテクスト」、「精神的(主観的)文化的(間主観的)コンテクスト」の3つの側面があると考えている。
科学にも「自然科学」、「社会科学」、「人文科学」の3つの分野がある・・・。
しかし実験室を舞台とする科学に対し、日常生活においては、途中までは科学的思考を利用するが、あるところからは日常感覚の直感に従い、科学が限定している範囲を超えて裏側を想定することが可能である。なぜなら、日常世界は、やがて科学で証明されることになる仮説が生まれる場であるからだ。
さらには生活のとらえ方も、私たちが生きている世界としてではなく、私たちが生かされている世界としてとらえ、世界を客体化せず、そこに依存する一部の存在としてとらえることも可能である。
その、私たちを活かしている世界の表面世界の背後にあるマクロな自然からミクロな自然へ至る、連続性や関連性、それらを貫通する働き、そして日常の表層意識に常にひそかに影響を与え続ける深い意識や、さらにもっと深い意識の存在など、日常の土台となっている仕組みをここでは『コンテクスト』と呼んでいる。
そして、『コンテクスト・リテラシー』というのは、浅いものから深いものまでさまざまなレベルがあるにせよ、そういう仕組みを認識し、読み解き、気づき、表現する能力のことである。
いずれにせよ、そこには必ず「価値と限界」、「真実と盲点」という『事象の背後に死角』が潜んでいる。しかし、そこにはそれ相応の『創造性を宿した未顕現の秩序と可能性』が同時に潜んでいる ‼
【参照4】世界的に顕在化する『乖離した知』と『脱身体化されたスピリチュアリティ』
人類は歴史上、かつてないほどの『複雑で大掛かりな危機』に直面しており、実際に「社会的、政治的、経済的、生態的、倫理的危機」の直中に立たされている。その深刻さの度合いは、ここ30年間において急激に増しており、その細部には踏み込まないが、「人類史上において21世紀の現在が、これほどあらゆる面において一時に差し迫った危機に曝されたことは無かった」と言えるほどである・・・。
この危機は、現代人が首まで浸かっている「理性(合理性)」や「知識偏重」の社会的文化的方向性に横たわる「二元論的な思考と行動様式」が、いまだその根にあることは間違いないとは言え、本質的には私たち自身が陥ってしまった『乖離した知の産物』によるものである ‼
例えば、学術界に従事する専門家たちにおいて『老子その人その書』を研究する際の「パラダイム」とは、もっぱら客観的で科学的な探究手法によって、老子はいったい「自己において何を悟り」、「文化において表現し」、「社会において体現したか」を、その物証と研究者間での一応に同意できる考証により、その主眼(視座・視点)は『内面的領域(人文科学における本来の面目)』をその外側から解釈し語るものの、あくまでも歴史学的、考古学的な側面、いわゆる『様々な唯物論的な還元主義』(それは科学的な唯物論から行動主義、実証主義に至っていた)による『外面的領域からのアプローチ』を軸に知的活動を推進していると言える。
つまり、現代の科学主義は、客観的・実証的・経験的な『外面世界(表層)』の記述に没頭するあまり、自分たち自身の「内省」や「意識」、「内面性」や「主観性」を根本的に拒絶する・・・。
この『科学的物質主義(唯物論)』が高等教育や学問の世界で強力かつ支配的であるため、『スピリチュアルの研究』はどこでもまじめにとりあげられることはなく、「人文学」ですら『スピリチュアルの研究』には近づかない ‼
しかしながら、過去と現在の多くの「スピリチュアルの研究(スピリチュアルなヴィジョン)」の分野においても、ある程度『乖離した知の産物』を抜け出していない・・・。
この『乖離した知』というのは、主として「微細な超越的意識に感情的あるいは精神的なかたちで接することで生じる」ものであり、その反面、「生命的で内在的なスピリチュアルな源には根ざしていない」のである ‼
たとえば、身体もこの世界も究極的には幻想(低次元で、不純で、スピリチュアルな解放にとって障害)であるといった、ゆがんだスピリチュアル・ヴィジョンは主として、微細な超越的意識に未成熟な感情や精神的優越観というかたちで、そのエネルギーに触れることから生じる・・・。
それゆえ、身体的で生命的に内在する『スピリチュアルな生と源』には根ざさないまま漂うこととなり、自己感覚は身体も世界も究極的には幻想で欠陥のあるものだという、『心身の乖離した心理』に陥ってしまうのである ‼
まさしくこれが、『現代に見られる病理』であり、それは個人の健康から社会に至るまでのほぼ全体に対して、『重大な問題を引き起こしている元凶』となっている・・・。
そして今日、世界的に顕在化する『乖離した知』は、統合的・変容的な成長を促すはずの「スピリット」「スピリチュアル」「スピリチュアリティ」の中にまで浸透し、それらは国境を越えて進行しながら、現代における紛れもない『スピリチュアルへの認識と弊害、そして混乱』(*7 スピリチュアルペイン/霊性的苦痛)のみならず、『人間の生にまで同時多発的な認識と弊害、そして混乱』(*8 トータルペイン/全人的苦痛)を招いているのである ‼
*7 スピリチュアルペイン/霊性的苦痛:
スピリチュアルペインとは、喪失感や不全感、自身の信条や希望からの乖離感、神から引き離された感覚、罪責感、悔悟の念などから生じる深い痛み、苦悩、魂の孤独であり、「霊性的苦痛」とも言われる。
*8 トータルペイン/全人的苦痛:
トータルペインとは、自己の存在に対して着目すべき複雑な苦痛のことであり、「全人的苦痛」とも言われる。全人的とは、全人格を総合的にとらえるさま。人間を、身体・心理・社会的立場などあらゆる角度から判断するさま。人を、身体や精神などの一側面からのみ見るのではなく、人格や社会的立場なども含めた総合的な観点から取り扱うさまであり、全人的苦痛には、1. 身体的苦痛、2. 精神的苦痛、3. 社会的苦痛、4. スピリチュアルな苦痛(スピリチュアルペイン)の4つの要因が複雑に絡み合った構成となっている。
そこには『ハートのチャクラから上だけをスピリチュアリティとみなす傾向』(全体性は語るものの)があり、その背後には非常に多くの歴史的、文脈的要因がある ‼
数千年に及ぶ様々な伝統に属す霊的人物や神秘家の生き方をざっと見ただけでも、先のテーマにて叙述した『人類の霊性史(スピリチュアリティ)』は部分的に、「人間の分断から生まれた悲喜こもごもの物語」として読むことができる・・・。
それは現代においても、有機的に「表層意識」や「潜在意識」、それに「集合的無意識」に深く浸透し、『人間と世界のあらゆる次元が著しく分断の様相を顕在化させている原因』でもある ‼
過去から現在において、スピリチュアリティを特徴づけている『決定的な欠陥要因(乖離)』、あるいは、『霊的ヴィジョンの断片化(偏り)』とは、意識的に精神の解放を求める過剰(ハイパー)なまでの衝動によって、『自己感覚を超越的意識にのみ同一化させる』ことを主眼としてきたところにある・・・。
それはしばしば、『 *注2 人間の生得の力(生得的に与えられている人間の原初的・基礎的諸次元)』である「身体的」「本能的」「性的」、そして「ある種の感情的」な次元(*9 身体化されたスピリチュアリティ)を、再三にわたって抑制することとなった ‼
*9 身体化されたスピリチュアリティ:
『身体化されたスピリチュアリティ』は、最近のスピリチュアリティ関係者のあいだで流行語になっているが、その概念が徹底して吟味されたことはまだない。『身体化されたスピリチュアリティ』とは、「身体と性をふくむ人間の属性をすべて統合したもの」に基づいている・・・。
『身体化されたスピリチュアリティ』は、人間のすべての次元である「身体、生命、心、精神、意識」が同等のパートナーとして働き、自己と共同体と世界を、『より完全なかたちで究極の実在である神秘(聖なるもの)と結びあわせる』と見なす。そうした『神秘』から、すべてのものが生じるのである。このアプローチから見れば、『身体とその生命的・原初的エネルギー』を取り入れることは、決して障害となることはなく、むしろ霊的変容をもっと徹底したものにし、霊的自由をもっと広く創造的に探究するうえで決定的に重要なものとなる。
人間の全体を聖なるものと見なすことによって、おのずと『全チャクラ型のスピリチュアリティ』が開拓される・・・。
このタイプのスピリチュアリティでは、人間のすべての属性が、『内在的および超越的な双方の霊的エネルギーの存在』に浸透されるようになることが追求される。このように言ったからといって、「身体化されたスピリチュアリティ」が、身体と本能を疎外する傾向から、それらを救い出す必要性を無視しているということではない。むしろここで意味しているのは(身体的次元や原初的次元だけでなく)人間のすべての次元が疎外されることがあり、また同時に、この地上での『神秘(聖なるもの)』の展開に等しく自由に参加することができるということである。
しかしその一方で、身体化された霊的実践を提唱する人たちは、過去から現在におよぶスピリチュアリティの主要な諸潮流は「身体から切り離されている」と言う。そして、『脱身体化されたスピリチュアリティ』は、「身体からの分離や昇華」にも基づいており、人類の宗教史のなかに蔓延している。
『昇華』と『統合』を対比させてみると、この違いが明確になる・・・。
『昇華』では、人間のひとつの次元のエネルギーを用いて、別の次元の機能を増幅し、拡大し、変容させる。たとえば、非婚を守る僧侶は性的欲求を昇華させ、それを霊的飛躍のための触媒としたり、ハートによる信愛を高めたりする。タントラの実践者は生命的・性的エネルギーを燃料にして、意識を急激に上昇させ、身体を離れた超越的で、超人間的ですらある状態に至ろうとする。
これとは対照的に、人間の二つの次元の『統合』は、そのどちら側のエネルギーにも変容をもたらすのであり、『聖なる結婚』をもたらす。たとえば、意識と生命的世界の統合により、意識はより身体性を帯び、活力を得て、エロス的な面が増す。また生命的世界には、生き物の衝動的本能を超える知的進化の方向性がもたらされる。
大雑把に言えば、「昇華」は『脱身体化されたスピリチュアリティ』の目印となるものであり、「統合」は『身体化されたスピリチュアリティ』の目標となるものである。しかし、これは、『身体化されたスピリチュアリティ』の実践のなかに、「昇華」がどんな位置も占めないということではない。霊性の道は複雑で多面的である。その道程のある地点で、あるいは、ある種の個人的性向にとっては、ある種のエネルギー昇華は必要であり、決定的ですらあるだろう。しかし、「昇華」を恒久的な目標にしたり、エネルギーの力動パターンにしてしまうと、すぐに『脱身体化されたスピリチュアリティ』の道に陥ってしまうことになる。
身体と世界の価値を極端に低く見積もるようなスピリチュアリティに加えて、脱身体化の方向性がもっと微妙でわかりにくいタイプもある。このタイプでは、霊的な生は、現在の直接経験と意識の超越的源泉との相互作用からのみ生じると考える。この文脈では霊的実践は、そうしたもっとも重要なリアリティにつながることを目的とするか(古典的な新プラトン主義の神秘主義のような「上昇」の道)、そのような霊的エネルギーをこの地上に引き降ろし、人間性や世界を変革することを目的とするか(シュリ・オーロビンドのインテグラル・ヨーガのような「下降」の道)、いずれかのかたちをとる。
このような「単極的理解が不十分」なのは、それが『第二の霊的極』、すなわち「内在的な霊的生の存在を無視している」という点である。この『第二の霊的極』は生命的世界と深くつながり、そして「スピリット」のもっとも生き生きした力を蓄えている。この霊的源泉を見落としてしまうと、修行者は身体的変容に関心を持っている人でさえ創造的なスピリチュアリティにとって生命的世界が重要であることを無視したり、性エネルギーの超越や昇華を追求したりするようになる。
『完全に身体化されたスピリチュアリティ』は、完全な個人のなかで、内在的および超越的な双方の霊的エネルギーが創造的に相互作用することから生じるものである。ここでいう『完全な個人』とは、人間の生命体験のすべての面をふくみもち、同時に身体と大地にしっかりと根ざしているような人のことである。
ついには、人間の『 *注2 生得の力』である「原初的・基本的諸次元」は抑圧され、統制され、変容され、「意識を霊化する」と言うより高次な目標にのみを主眼としたために、『統合されたスピリチュアルな生(完全に身体化されたスピリチュアルな生)』は「ハートのチャクラの上の霊的生(脱身体化されたスピリチュアリティ)」にのみ凝縮されてしまった・・・。
このような霊的生は、もっぱら精神や感情をとおして超越的意識へと至る過程にもとづき、『身体や自然や物質に内在する霊的源泉』については見落としがちであった ‼
そして、身体から切り離された『人間の原初的・基礎的諸次元や自然や物質に内在する霊的源泉』は遂に、我々の『 *注2 生得の力』であり『 *注3 内在的なスピリチュアルな源(創造性の源泉)= 第二の霊的極』であるにも関わらず、自己と共同体と世界からも切り離され、常軌を逸するほどの圧倒的な科学技術とそれに基づく経済、産業、情報社会が、ほぼ完全に「スピリット(気)を抜き取り」、排気ガスが立ちこもる「モノクロームな世界」を形成している・・・。
スピリチュアリティの歴史上『身体から切り離されている』とは、「*10 宗教的実践とその歴史」において、身体やその生命的・原初的エネルギーが無視されてきたということではない。決してそうではなかった ‼
*10 宗教的実践とその歴史:
たしかに「宗教」は、人間の身体に対して意味深くも『両価的な態度』をとってきた。つまり、身体は一方では、「囚われ、罪、穢れの源泉」と見なされながら、他方では、「霊的啓示がもたらされ神性が宿るところ」と見なされてきた。宗教の歴史を見れば、その目的や実践が『脱身体化の方向性』をもつものから、『身体化の方向性』をもつものまで、一連の傾向が見られる。
たとえば、『脱身体化の方向性』には禁欲主義の諸潮流があり、これには、「バラモン教、ジャイナ教、仏教、修道院のキリスト教、初期道教、初期スーフィズム」がふくまれる・・・。
『ヒンドゥー教』では、身体は実在せず(mithya)、世界は幻影(maya) だと見なす(Nelson, 1998)。『アドヴァイタ・ヴェーダーンタ(不二一元論)』では、「身体を伴わない解放」(videhamukti)は死後にしか成し遂げられないと考え、それは、身体のカルマによって無情にも穢される「生ける解放」(jivanmukti)よりも「高次」のものと見なされる(Fort, 1998)。『初期仏教の見解』では、身体は苦しみの忌まわしい源であり、涅槃とは身体感覚や欲求の消滅であり、「般涅槃」(parinirvana)は死後にのみ達成できると見なされる(Collins, 1998)。『キリスト教』では、肉体は悪の源泉で、復活した肉体には性別がないと見なされる(Bynum, 1995)。『サーンキヤ・ヨーガ』では、身体と世界から純粋意識を「引き離す」(kaivalya)ことをする(Larson, 1969)。『カシミール・シヴァ派』では、性エネルギーのタントラ的変換は、神との合一を果たすために行なわれる(Mishra, 1993)。『道教の自己修養』では、そうしたエネルギー変換は「道」の創造的な流れと調和するためになされる(Yuasa, 1993)。『サフェドのカバラ主義』では、マスターベーションや夢精は罪深いという囚われがある(Baile, 1992)。『カバリストのルリア』は、身体を「魂の完成を妨げるものである」(Fine, 1992, p.131 に引用されている)として拒否する。『イスラム教』では、死後の世界(al-akhira)は物質世界(al-dunya)にくらべ、計り知れないほど価値が高いと考えられている(Winter,1995)。『ヴィシシュタ・アドヴァイタ(非限定者不二一元論)を主張するヴェーダーンタの一派』では、完全な解放は身体化の全面停止をともなうと主張する(Skoog, 1996)。
同じように、以下『身体化に向かう潮流』についての例をあげておく・・・。
『ゾロアスター教』では、身体は人間の究極的な本質の一部であると見なされている(A. Williams, 1997)。『聖書』には、人は「神の像」としてつくられたと述べられている(「創世記」Jónsson, 1988)。『タントラ』では、性欲と覚醒とのあいだの非二元的同一性を認めている(Faure, 1998)。『初期キリスト教』では、受肉を重視する(「言が肉となって……」「ヨハネ福音書」、Barnhart, 2008)。『真言宗』では、即身成仏を目標としている(Kasulis,1990)。『ユダヤ教の安息日サバス』には、肉体的欲求や食欲が宗教的に享受される(Westheimer& Mark, 1995)。『スーフィの詩人ルーミーやハーフィズの詩』では、官能性が大胆に詠われている(Barks, 2002; Pourafzal & Montgomery, 1998)。『道教』では、身体は宇宙全体の神秘の象徴的器と見なされる(Saso, 1997)。『多くの先住民のスピリチュアリティ』のなかでは、身体は内在的な霊的源泉とつながっていると見られている(たとえば、Lawlor, 1991)。『曹洞禅』では、光明にいたるために、精神を身体に委ねるようにと求める(Yuasa, 1987)。『イスラム教シーア派の指導者イマームの秘教的な言葉』のなかでは「霊は身体、身体は霊(arwahuna ajsaduna wa ajsaduna arwahuna)」(Galian, 2003)と言われている。『ユダヤ教、キリスト教』はどちらも長年にわたって、世界の霊的変容のなかで社会参加や正義が果たす役割を唱えてきた(たとえば、Forest, 1993; Heschel, 1996)。
その一方、『身体化の方向性』は明らかに多くの宗教で見られるにもかかわらず、官能性と物理的身体に対しては非常に「アンビバレント(相反する感情や考えを同時に持ったことで、葛藤状態に陥った精神)」な見方が隠されている・・・。
たとえば、『道教』では、通常は物理的身体それ自体に価値を置かず、それが神の宿る場所だと信じられているという理由だけで、その価値を認めている。また道教の性的修行では、しばしばきびしい自制や禁止規定があり、性的関係が非人格化され、個人間で愛を育むことが軽視されている(Clarke, 2000; Schipper, 1994)。
また、『ユダヤ教のサバス』は、夫婦の性交を神聖なものとする日だが、伝統的教義の多く(たとえば、Iggeret ha-Kodesh 〔ユダヤ教のラビであるナフマニデスが記した書簡〕)では、性行為は、原罪以前の果樹園でおそらくなされたように、悦びや情熱なく営まなければならないと説かれている(Biale, 1992)。
さらに、『金剛乗(ヴァジラヤーナ)仏教』では、「粗大」な物理的身体は悟りを促すものとして認められているが、それはより実在的で非物質的な「星気体」(astral body)や「虹の身体」の基礎と考えられている(P. Williams, 1997)。
同様に、『ヒンドゥー教のタントラ』では、身体と世界は現実に存在するものと見なされているが、宇宙と一体化する儀式においては、「不浄な」物理的身体を浄化したり、イメージのなかで破壊したりして、まさにその肉体の灰から微細身や神的身体を出現させようとする(たとえば、ヴィシュヌ派タントラの「ジャヤカーヤ・サンヒター」、Flood, 2000)。
以上を要約するに、「身体化の方向」をより多くふくむかたちで霊的目標を定めている宗教諸派は確かに存在するのだが、実際の修行においては、『完全に身体化されたスピリチュアリティ』は、今も昔もきわめて稀にしか見つからない真珠のようなものでしかないのである。
しかし、私たちのいまこの時代にとくに必要なことは、人間のこのような潜在力をすべて統合するかたちで、ふたたびつなぎあわせることであろう。言いかえると、自己内省的意識や心の微細な次元は十分に発達してきたので、いまは、人間性のより原初的で本能的な次元をふたたび取り入れ、統合して、『完全に身体化された霊的生』を生みだすときなのである。
つまり、スピリチュアリティの主要な諸潮流、及び宗教的実践の歴史上において、身体とその生命的・内在的・潜在的な『 *注2 人間の生得の力/原初的エネルギーの次元(生得的に与えられている人間の原初的・基礎的諸次元)』は、それ自体で霊的洞察をもたらす正統で信頼のおける源泉とは見なされてこなかったのである。言い換えれば、「身体、本能、性(セクシュアリティ)、そして感情の一部」は、「心(ハート)や思考・精神(マインド・メンタル)、意識及び超越的意識(魂/ソウル及び微細・元因・非二元的な霊性/スピリット)」と同等のものとして、それらと協同して霊的(スピリチュアル)な悟りや解放を達成できるとは、一般に認められてはこなかった・・・。
さらに言えば、多くの伝統宗教や宗派、神秘思想では、『身体と原初的世界が実際、霊的成長の妨げになる』と信じられてきたのである ‼
残念ながら、心身の統合にしっかり根ざした『統合されたスピリチュアルな生』という考え方や、「人間の生(精、性、聖)」のなかでこの潜在的可能性を実現させるための効果的な実践を探究し、発達させようという試みは、現代の文化において多くは存在していない・・・。
もっとはっきりと言えば、『 *注2 生得の力』、いわゆる『人間の基礎的諸次元』である身体や本能、性、感情の原初的世界の成熟については、さしたる関心が真剣に向けられてはいない ‼
そのため、スピリチュアルな道の実践者のあいだで、真に統合的な成長が開花していくことは希であり、仮にあったとしても一瞬の出来事に終わる・・・。
現在、研究者や専門家のあいだにおいて、かなりの注意が払われていることは確認でき、実際、考慮されてはいる・・・。
しかしながら、宗教的な伝統の文脈では、人間のある種の性質が、スピリチュアルな意味が他の性質よりも正しく健全であるとして、「平静さは激情にまさり」、「超越は感覚的な身体経験にまさり」、「貞操は性的放縦にまさる」といったことが広く自我に浸透している・・・。
文化面での文脈のなかでは、人間の意識のさまざまな価値を出現させ、成熟させていくためには、『 *注2 生得の力』、いわゆる『人間の原初的・基礎的諸次元』である「身体的」「本能的」「性的」、そして「ある種の感情的」な『非言語的世界の次元を抑制すること』が、ある時点では必要なことであった。
なぜなら、まだ発生したばかりで比較的脆弱であった自己意識とその諸価値が、かつての本能的な衝動エネルギーが有している強力な存在の中に、ふたたび吸収されてしまうのを阻止する必要があると考えるようになってしまったからである ‼
そして何より、私たちは『性(セクシュアリティ)』がコントロールし難い本能と思っている・・・。
そんな動物的本能をあからさまに語ることは、はしたないことだと過去も現在も抑制し、抑圧して避けてきた。特に「性欲は抑え難い欲求なのだから表に出さないよう抑え込んでおかなければならない」と、『性(セクシュアリティ)』を得体のしれない怪物のように恐れてきた・・・。
しかし、人間がそう思うのは、「私たちの性がそうした性」であり、現代の文明社会の中で、実は天使である性を悪魔に変化させてしまう社会的あるいは文化的、国家的(このなかには歴史的宗教による支配も含む)支配の背景が何千年と続いてきた中での、「原罪」「カルマ」「因習」として扱われてきたからである ‼
そして、現代の文明社会で私たちの『性(セクシュアリティ)』が怪物のように大暴れするのは、私たち自身が『自然であることを失った結果』であり、それは同時に『 *注2 人間の生得の力/原初的エネルギーの次元(生得的に与えられている人間の原初的・基礎的諸次元)』であったはずの『 *注3 身体や自然や物質に内在する創造性の霊的源泉 = 第二の霊的極』をも忘却亡失した結果でもある。そのためここ二千数百年来、決定的にその『崇高で深淵(勇壮かつ玄妙)なる老子の道(TAO/タオ)』に繋がる(「道」に精通する)「真理(スピリチュアル・バリュー/精神的価値)」から、「真実性と具象へ至る不変的(普遍的)プロセス」が、いまだ『抽象域でジレンマ』を踏んでいる・・・。
実は、そこにこそ、私たちの「原初的生命の世界(生命エネルギーの次元)」から「超越的な意識世界(意識エネルギーの次元)」までを全包括し、統合し、創発(創造的進化)を生み育て、非二元的世界(禅の究極的な悟りから現代のITPに代表されるマイケル・マーフィーやケン・ウィルバーらの諸提案)をも抜き超えた「至高の悦=究極のエクスタシー(源なるエネルギーの次元)」、つまりは、老子の言う『常道』が実在している ‼
『老子』が暗示的に語った『常道』の裏に隠された真の意味
老子が暗示的に語った【第1章】「道可道、非常道」の『常道』とは、これまで一般的に理解されてきた意味の裏に『真の意味』が隠されている・・・。
老子は「不変的かつ普遍的な次元」、時間や空間に左右されない『絶対的な次元』を「常」と言う。そして『常道』とは、宇宙そのものの『性』であり、『意識』である。その『性』とは、「人間すべての根源」であり、「人間の心の根源」でもある。心の良きも悪しきも、そのすべては『性エネルギーなるもの(源なるエネルギーの次元)』がつくりあげるのだと言う ‼
また『老子』その人その書は二千数百年もの古の時代において、すでに『権力者たちの巧妙な民衆操作のカラクリ』、文明社会で肥大化してゆく『人間の心の歪み』に警鐘を鳴らしていた・・・。
それらは、数千年に及ぶ様々な伝統に属す霊的人物や神秘家のみならず、支配者たちが「性の抑圧」を強めることで、民衆の性意識をネガティブに歪め、その代替となる「様々な欲望へと引き寄せて行く策略」、つまり『欲こそが社会の中心原理』となり、煽られた民衆の『生得の力による自らのコントロール』と『聖なる性の本質』を忘却亡失させ、支配者の意のままに操られて行くことへの強い危機感を察していたのである ‼
そして現在、その『常道(源なる性)』を故意的に葬り去ろうとする何千年もの苦悩が厳然と横たわり、いつしか宇宙や自然、そして生命や進化の神秘(聖なるもの)から果てしなく遠ざかる『流浪の生の旅』へと投げ出されてしまった・・・。
今日まで、抑制され、抑圧され、禁じられてさえきた『生得の力(生得的に与えられている精=生命力)』、つまり『人間の原初的・基礎的諸次元(身体、本能、性、ハート)』の中には、疎外されていた「女性と女性的価値と役割」、「官能的な欲求」、「親密な関係」、「性の多様性」などの次元を、『真に統合的なスピリチュアルな生』への中心的な性質として復帰させる必要がある ‼
そこでは、これらの世界が健全な働きを回復できるよう、男性的原理に位置する「精神(メンタル)」のみによって制御されるべきといった思い込みや、「マインド」重視の発達の原理や力動に従うことを一旦は手放し、『人間の原初的・基礎的諸次元』がそれら自身の発達の原則や力動に基づいて癒され、成熟することができるような空間を作り出すことから始まる・・・。
私たちの「身体、本能、性、ハート(感情)」が自律的に成熟することを許したとき、それらははじめて「マインド」と同じテーブルにつき、『真に統合的な発達とスピリチュアルな生を共創造』へと向かわせる・・・。
そして、「身体的世界や生命世界」が、「スピリチュアルな生」に招き入れられ、私たちのアイデンティティが「超越的意識」だけでなく、『内在的なスピリチュアル・エネルギー(性なる精)』にまで広がったとき、全き人間とこの世界は『ヒエロファニー(聖なるものの現われ=聖なる精)』となり、人間と宇宙のスピリチュアルな変容と進化が起きる最先端の時間と場所が、ほかならぬ『この具体的な物理的現実(今、ここ)にあることに気づく(帰結する)』のである ‼
まさにそれらの『スピリチュアル・ヴィジョン』によって、地球は人類の姿をその内なる光により『身体化された天国(一なる世界)』へと進化・変容し、そこは『宇宙の中にあって、身体化された愛をあらゆる具象(真なる信)で満たされた、独特の時空』と化すだろう・・・。
その『理想郷(一なる世界)へのプロセス』は、ほかならぬ『老子書:TAO(タオの秘伝)』、及びいくつかの革新的なプラクティス(修行・実践)とルネサンス(文化的革命/文化的衝撃)をとおして、「原初的で内在的な生命エネルギーの創造的な力(ダイナミクス)」にふれ、徐々にそれを「超越的意識エネルギー」と結び合わせるための『ラディカル・プラクティス(本質的で根本的な実践)』によって懐胎する ‼
こうした両者の結びつきは、その個人の中で『エネルギーの軸』を生み出し、それは外部からの方向づけといった受動的な導きではなく、『内部から方向づける能動的な生命のダイナミズム』によって、『ホリスティック(全方位的かつ全人的)に調和的にとりまとめる』ものである・・・。
人間のあらゆる次元に宿る「創造性」、いわゆる心身の統合にしっかりと根差した『スピリチュアルな生』と言われるものは、もっとも『生得の力(生命的な潜在力)』に根ざすとともに、『人間存在の主要な次元(人間の存在と認識の全ての諸次元)』である「身体、本能、性(以上の三つの生命力)、ハート(感情)、マインド(思考や精神)、意識(各階層的意識)及び超越的意識(魂/ソウル 及び 微細・元因・非二元的な霊性/スピリット)」の全ての次元によって、『根源的かつ完全なる全体性へと共創造』される・・・。
そして、『創造性を宿した生(スピリチュアルな生)』は、身体の中に存在し、それは、我々が完全な人間になる過程に潜み、その内部から出現し、全体を調和的にとりまとめるだけでなく、個人の統合的な健康と身体を取り戻し、日常生活から社会活動の場において、独自の可能性と創造性をあますことなく表現しながら、『万物との一体化のなかで変容と進化をうながす』ものである ‼
そこには、「抽象」や「具象」の概念世界はもはや存在しない・・・。
それは「もう一つの世界(第三の道/文化)」、つまり『捨象の世界(無為自然の本性)』の存在と認識に至る「大いなる道(大道=玄同/玄妙なる合一:彼我の別なく深遠な境地で無為自然の「道(TAO/タオ)」と一体になること)」、すなわち『老子の道に精通する生得の力(無為自然の本性)によって、すべては「玄妙なるタオに帰一」すること』なのである ‼
「カタチを棄てる」こと、すなわちカタチを捨てれば何が残るか・・・。『本質(無為自然の本性)』が残るのみである ‼
より高度な練功段階に達する人は、それまでとは全く正反対の認識に至るであろう・・・。
つまり、真の「自由と充足」、「治癒と成長」とは、外部の何者かによって与えられ、望みを叶えてくれるのではないこと、自身が自由になるための『自由に降り立ち』、統合的な変容の基礎が自らの身体に根付いており、一時も離れることなく、厳然(現前)と内在されていたことを悟るのである ‼
尚且つ、今日の避けがたい極端で排他的な教育とも言える「認知中心主義」による成長モデル、その機能的発達に焦点を合わせた、外部の方向づけによる合理的な「マインド強化」「メンタル強化」など、マインド中心の教育や生活が何世代にも渡り続いたために、「抑圧」され「歪んで」しまった『人間の生得の力』を取り戻し、『根源的かつ完全なる全体性』をも目覚めさせる・・・。
そして、これまでの実修・実践の諸テクニックは、実は単なる道具(手段)にすぎず、もはやそれを必要としなくなる時がくれば、容易に捨て去ってしまえるものであると言うことをも悟るのである ‼
この考え方そのものは、なんら「驚くほど新しい」ものではない・・・。
世界の伝統的な教えや宗教に観る文献、古代の哲学や思想、神話や伝説の物語の中にも存在する。それらは時に、特定の覚者や聖者、そして賢者、神秘主義に傾倒する呪術者や錬金術師、特殊な思想家や芸術家、はたまた秘密結社等の間で『秘儀・秘伝』として、謎めいた迷信や暗号という形で現代にまで伝え及んでいるものもある。
ここではそれらに踏み込むことを避けたいと考えるが、にもかかわらず、それらを一笑に付すような未発達で馬鹿げた、取るに足らない非現実(非科学)的なものとして考えるならば、これから叙述する内容について読み進めることをここで中止頂いて構わない・・・。
ただし、歴史上のこれらの複雑な問いを探究する者、新たな資質や創造的活力、または感覚を、その個人の生活や仕事、コミュニティーの中で、自己の最も独自の資質を発現させたいと望む方であれば、この先の叙述を難無く自然な態度で消化しながら読み進めることができると筆者は確信している ‼
読者の方々に改めて願うことは、「信念(ある時は「ドグマやカルマ」)」や「精神(メンタル)」、「思考(マインド)」と言った、『ハートのチャクラの上』のみで物事を考察し、困難を乗り越えようとせず、その「マインドからプライド」を、「ハートから争い」を無くし、『無為自然の本性(身体・本能・性・感情)』より立ち昇ってくる『生得の力』の存在と認識に信頼を置き、世界を「抱擁する」こと、「受動する」こと、「偶然を悦ぶ」ことができた時の『並外れた感動と究極のエクスタシー(至高の悦)』を感得して頂きたい ‼
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