第7章|東洋の目に映る『慈悲と叡智』

 

 私自身にとって、1985年から1995年(18歳~28歳)の10年間は、出生から高等教育を終える18年間までの「美(個人)、善(文化)、真(社会・自然)」に対する存在と認識、「パーソナリティーとアイデンティティー」など、未発達で未顕現な自己を激しく揺さぶる期間であった。

 幼少期の頃から、絵画や音楽に早くから興味を持っていた傍ら、科学や歴史、哲学や文学にも興味が大いに有り、それは小学校の高学年から始まり、既に中学生の頃になると、よく古本屋に通っては、まだよく理解のおぼつかない科学書(ダーウィン)、哲学書(カントやニーチェ)や文学書(ゲーテやミヒャエル・エンデ)などを手にし、夢想・空想的な世界に浸ることが何気に好きだった。絵を描くことには異常に興味があり、小学4年生の頃には授業の合間や昼休みには、毎日飽きもせず、色々な風景や置物をデッサンしていた。そのための用紙を手に入れるため、皆が嫌がる放課後のゴミ焼却当番に手を挙げ、職員室から運ばれてくる用紙を選り分けては、絵が描ける適当なものは焼却せず、せっせと集めてはデッサン用紙として拝借した・・・。

 中学に入学する頃には、音楽にも興味が湧き、同級生のお姉さんに無理を承知で500円にて何とかクラシックギターを譲ってもらい、毎日練習してオリジナルな楽曲を作成しようと奮闘していた。絵を描くときは、キャンパスと絵具と筆さえあれば、いつでもすぐに描けたものが、楽曲はそうは簡単にいかなかったため、返って空間芸術よりも時間芸術にのめり込んでいった。詩を書くことは案外と思うように表現できたので、沢山書いたものを今でも大切に保管してある。絵は小学校・中学校を通して、ポスターなどの出展で評価されたものが海外にまで行ったこともあった。

 中学卒業後はすぐにでも都会に上京して、音楽の道を目指そうと考えていたが、親の説得によりギリギリ二次募集の公立を受験して高校に通うこととなった。正直なところ、私は親からも世間からも、そして中学時代の教師からも、まじめでおとなしい子供とは受け止められてはいないことを、自身が一番理解していた。高校入学時も、成績以外の内申書と言うものは、担任が親に告知するほど酷いもので、元々私立の受験は受けることさえ無理な状態であった。私の祖父の従兄には、有名な私立高校の教頭を務める親戚がいたのだが、きっぱりと受験・入学は拒否されるほどであった。高校時代は1年生と2年生の時に二度の家出を決行したが、二度とも親と教師によって連れ戻された。何とか高校卒業まで通えたのは、親と当時の担任、そして親友たちのお蔭である。

 つまり、私は幼少の頃から変わり者で、18歳までは手におえない若者として、かなりわがままな人生を歩んでいた。しかし、故意に他人を傷つけること、人間のルールを犯すことは自分自身が一番嫌いなことで、その点から言えば、私は「自由意思の尊重」ということを人一倍意識し、その可能性をバカ正直に信じて少年時代を過ごしてきた。

 その後の人生におけるエピソードは割愛するとして、2014年現在(47歳)、ここ3年間は隠遁生活を送っている。その前の1年間は持病の進行性筋ジストロフィーに加え、非定型(非結核型)抗酸菌症と言う、もう一つ厄介な病気に見舞われて往生するなど、ほぼ完全に身体が病に蝕まれると同時に、初めて精神的な限界(うつ病)も体験することとなった・・・

 

『 人はいつも学ぶとき、そこには「洞察による学び」が在り、「破局による学び」が在る・・・。「受動的な学び」が在り、「能動的な学び」が在る・・・。そして、「偶然的な学び」が在り、「必然的な学び」がここかしこに存在する・・・。そこから得(う)るものが、知覚であれ、核心であれ、覚醒(悟り)なるものであれ、いずれにおいても「自己(おのれ)の意」が働いている・・・

 

 私は何かを学ぶ際、まずはその『「意」を格(ただす)』。意とは、「立」と「日」と「心」の三つで組まれた字であり、「立」は方向性を立てることを表しており、身体の器官で言えばそれは「脳」で、働きは「思考」である。「日」はもともと「目」であり、見(観)ること、対象に目を向けることを表し、「感覚器官」を総称している。そして「心」は、その対象を感じると言う働きを示しており、「内臓器官」を指している。それらの『マインド(思考)・目・ハート(心)』を外側だけに向けるのではなく、内側にも向ける(内観)のである。

 本当の「学び」とは、その「意」を効果的に用いる方法(働き)を得て、『生命力(生得の力)』へと練り上げていくことによって、「マインドと目とハート」が内外世界に開かれて安らか(自由)になり、愛と喜びと幸福、そして尊敬や礼節の念を呼び起こすことである。つまり、自己と世界の全ての領域において、「優しさや穏やかさ」、「勇気や寛大」、「公明正大」などの『徳の質を呼び覚ます』ものである。

 より正確に表現すれば、日常の生活水準の尺度というものが、物質的、あるいはその量一辺倒のものではなくなり、人生体験の質や意味に重点を置くようになり、同時に他人に対する寛容さや人生に対する敬意、時に生の冒険に対して正当な評価を与える『慈悲と叡智の自得に格(いたる)』ことである。

 

『 私たちはいつでも学ぶことができる・・・。その意を創造的に活かすことができる・・・。本当の学びを始めるのに遅いも早いも全く無い・・・。如何なる道(人生)であれ、その存在の価値と意味に大小など無い・・・。「慈悲と叡智」には、そのような打算は一つとして無い・・・ 』

 

 私たち東洋人が「道」において「徳」を成すと言うときの『智・仁・勇』とは・・・「智」は『迷わない為』、「仁」は『悩まない為』、「勇」は『怯えない為』の、「人為の智慧」を言い表す。つまりは、人生(道)の処世術としての知恵(徳)となる。

 

『 しかし、私はもうひとつの「道」と「徳」が在ることを語ろうと思っている。それが、東洋の目に映る「慈悲と叡智」と言うここでのテーマであり、「ユニバーサル・セックス(大道)」に繋がり行く・・・ 』

 

 それは西洋で言うところの、「エロスとアガペー」、「上昇(アセンディング)と下降(ディセンディング)」、「オメガとアルファ」、「一者と多者」、そして「パラダイム」に対する『メタ・パラダイム』と言える・・・。

 

 ところで、私たち日本人が「東洋全体の一部」であることは間違いない。しかし、西洋人という言葉が、文化的な均一性を前提とするなら、アジア世界、つまり東洋人はとても均一とはいえない。文化的にもそれぞれ独自なものを持っており、なにより西洋では根幹であった「宗教文化」は、アジアでは一つのまとまりももたなかった。とくに東アジア、とりわけ中国中原では、宗教はいわば「枝葉の文化」であり、古代的な視点でみると、このことが奇妙な暗号に思える。

 そもそも東洋世界において、洋を東西に分けるという概念が存在しなかった。東アジアの例からすれば、唯一「中国中原の文明」だけが世界の中心にあり、その他はすべて辺境である。日本の古代史、及び文化について語るとき、このことがいわば「普遍的な背景条件」であったと言ってよいだろう。

 これに従えば、中国中原たる大陸を起点とする周辺地域は、それぞれ的確な呼称がある。かつての満州と言った地域は「東北」であった。朝鮮は「半島」であった。日本は「列島」であった。これらが単に「地理的概念」でなく、歴史的な背景条件であることは、古代にあっていかなる政治的・文化的な活動も、文明の枠組から逃れようがない。大陸・東北・半島・列島という水平的な概念において、特に日本の「列島としての特殊性」があるとすれば、一海を隔て、そのために人的・文化的な伝播ないし交流がひとつのクッションをもつということであろう。

 中国中原の文化、とりわけ「漢の400年にわたる時代」を通じて、この西周・東周の時代の文化は至上のものであり、その思想と観念が、文化の核として東北・半島・列島をたえまなく洗っていき、すべての文明は辺境にその古様式が残る。列島(日本)にあってはそれがとくに顕著であった。そして、後漢の時代に初めて日本が歴史に登場する。

 それにしても、東洋の極東とも呼ばれる日本の文化は、中国四千年の歴史に観られる「文化・部族の衝突と革命の連続」に対し、大きな革命的史実はそれらに比べれば、「革命」などと呼ばれる出来事は無いに等しい。

 しかし、「伝統の継承」と言う歴史的視点においては、天皇家に観られる二千年におよぶ「家系の連続性」などは、世界に類を見ないのが事実であり、そこに日本人としての『大きな誇りとアイデンティティー』が存在する。

 また、本質的な日本独自の哲学や宗教に関しては、「武士道精神」にしても「神道の精神」においても、特定の「教祖」なる人物もいなければ「教典」などもなく、文字による確固たるひな型は無いに等しい。  

つまり日本人は、自然発生的なものとしての哲学・宗教らしきものを、その精神でもってのみ伝達・継承する特異な性質を有する民である。

 他国の文化の受容については非常に寛容でありながら、なにかしら独特のフィルターを通して受け入れていったらしいく、オリジナリティーというものがつとに保たれつづけていたという感触はつよいものがある。つまり、『和魂洋才』、『和魂洋芸』と言われる由縁である・・・。

 

 これらに言及することは、私たち日本人の『東洋全体の一部である全体』として、とてもユニークなテーマではあるが、今はそれに深入りすることはしない。ただ、現代の日本人は、すっかり西洋化する中で東洋からも孤立的な位置に立たされつつあり、本来、日本人としての「大きな誇りとアイデンティティー」を世界の中で発揮することがままならない状態にある。しかしそれは同時に、私たちが『本当の学び』を必要とする時期を迎えたと捉えるのが賢明であろう。

 とりわけ、現代の表層的な「情報化」、「グローバル化」、「多様化」は、『本格的な統合』に向かう過程における『本質的な分化』を促進し、それらは、それぞれの国家や社会、文化、組織、家族、個人に至る、人類全体を構成する部分の全体を適切に理解・尊重するためには重要な過程である。

 その過程で、それぞれに『価値と意味』を与え、一片の疎外も傷つけることもなく、それぞれを世界の全体として断片化することなく位置付け、「共通の命(スピリット)」と「個々の命(ソウル)」の『成長と発達に参与する権利と責任』をも等しく与えられるかが、私たちの『共通の命題』であろう。

 表層の情報化、グローバル化、多様化の「化」は、『「一様(統合)すための遠心力』であり、真なる「多様性の中の統一性の実現」は、その深層(根底/基底)に在る、『慈悲と叡智なる求心力』によって結実(帰一/帰結/帰還)する・・・。

 

『 因果に縛られず、宿命を立命に転換し、偶然性を悦びへと導く、尽きることの無い「慈悲と叡智」の根源なるものへ能動的に繋がる必要がある・・・。そして、あなた自身がそのものに「抱かれ満たされ」なければならない・・・。人々が本当の自由を手にすることなく、そのものに繋がることができなければ、人々は永遠に苦しむこととなる・・・ 』
 


 
【 ユニバーサル・セックス / 大 い な る 宇 宙 の 聖 性 『大 道』:全編 】


 

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